丑三つ時のモノたち｜リアクション

丑三つ時のモノたち

　第３話

　白石妙子は息子と夫の３人暮らしだ。子供は寝てしまったが、彼女は寝付けず寂しい夜を過ごしていた。夫はあちこち飛び回っていて帰らない日が多い。今日もこれから帰ってくる予定はなかった。
（あの人は今日も帰らない。会いたいな……）
　ふと思い立ってベッドから降り立つと、妙子はクローゼットの前へと来た。戸を開けて夫のギターを引っ張り出そうとした時――
「えっ！？」
　ギターが光り、一歩下がった妙子の前にいきなり夫が現れた。
『よお』
「えっ、どうして？　いつの間に？」
『お前が欲しくて帰ってきたんだよ』
　夫は妙子に接近し、息のかかる距離から顔に手を伸ばしてくる。顎をくいっと上げられ、「あっ」と彼女は声を上げる。
『お前が欲しい』
「…………」
　妙子は顎を上げられたまま夫を見た。彼は夫にそっくりだが……何かが、違う。
『お前の綺麗な体を、俺に貸してくれよ。別に減るもんじゃないだろ？』
「……あなた……誰？」
　今、彼に応えたら自分は満たされるだろう。でも、彼は似てるけど……夫とは違う。違う、と分かった。
　身を任せたい衝動に抗い、彼の手を避けて体を離す。夫に似た何かが口角を上げる。
『一人じゃ寂しいんだろ？　入れ替わったらこの指でお前の体を弾いてやるよ。体中が震えるぜ？　どんないい音で鳴るだろうな？』
「え……？」
　――入れ替わる……？　私の体を弾く……？
　何のことだろう。比喩……いや、隠喩だろうか。
　実際は言葉通りなだけなのだが、妙子はあんなことやこんなことを想像した。夫でもない、何者かも分からない相手にあんなことやこんなことをされるのは嫌だった。
「いや……や、やめて……」
『へえ、やめていいのかい？　入れ替わったって損はしないぜ、あいつはお前を抱えてその熱い指で魂の曲を奏でてくれる。年取っていくだけのお前より、長く愛してくれるかもな？』
「あいつって……」
　目の前の男は自分を指さす。
『こいつだよ。ギターになったお前は、こいつに思い切り弾かれるんだ』
「私がギターに……？　じゃあ入れ替わるっていうのは……」
「俺とお前が入れ替わるんだよ。お前はギターに、俺はお前に。おいおい、何を想像してたんだ？」
　明らかに自分の方が立場が上だという態度をとる男――ギターの魂らしい――が下卑た笑いを浮かべている。
『俺がお前を存分に弾いてやるよ。弾かれたいだろ？　構われたいだろ？　何ならホテルにも連れてってやるぜ』
「そんな……」
　夫になりきった男からの誘い文句は、彼女の本能に魅力的に響いてくる。しかし、彼は夫ではない。全ては紛い物であり、彼の言葉に頷いたところで寂しさは埋まらないのだ。
　理性と本能が鬩ぎ合い、涙が溢れる。
　どれくらい抗ったか。
（もう、受け入れてしまおうか……）
　そう思った時。
　ふっ、と夫の姿が消えた。
　ギターは変わらずにクローゼットの中にある。触ってみると、もちろん熱はなく、ひんやりとしていた。
　静かになった部屋で、妙子は恐怖の余韻の中で考える。
　受け入れていたら、どうなっていたのだろう。
（私は冷たく硬いギターになり、私でない私があの人の隣にいたの？）
　想像すると鳥肌が立ち、その晩、妙子は眠れなかった。

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