家、ついてっちゃうもんね！｜リアクション

家、ついてっちゃうもんね！

　荷台が空のリヤカーを元気に引っ張りながら、野々ののこはキョロキョロと辺りを見回していた。
「誰のお家に行こっかなー？」
　まん丸くした瞳が、ひとりの男子を捉える。
　ののこが見つめる先にいたのは、柔道道場から帰宅する途中だった魚塚源三だった。
　早速、ののこは源三のところへダッシュ！　正面でストップして、交渉開始だ。
「あなたのお家、ついてっていーですかっ！」
「んだぁ？　うちにくるだぁ？　嬢ちゃん、逆ナンのつもりか？」
「逆ナン？」
　ののこにはよく伝わっていないようだったので、「なんで俺が逆ナンの説明すんだ……？」と思いつつ話してあげた。
　するとののこは、ぶんぶんと首を横に振って、一から説明を始めた。
「あー……なんとなくは分かったけどよ、中学生の子が知らない男の家行くってのは」
「中学生じゃないよ！」
　びし、とののこが指を二本立てた。
「……？」
「高２！　寝子高の２年、野々ののこ！」
「年下と思ったら先輩かよ……」
　源三は軽く頭を抱えた。なんかおかしなことになってんな、と思いつつ、一応話は聞いてあげる。
「で、そのリヤカーでうちまで来るつもりか？」
　こくん、と大きく頷くののこ。
　少し考えてから、源三はののこが握っていたリヤカーのパイプ部分を持ち、ののこにパイプの外側に出るようにジェスチャーした。
「流石に女子で、先輩で、自分より小さいやつに引っ張らせるわけにゃいかねぇよ」
　彼の意図が伝わったのか、少し間が空いた後ののこは嬉しそうに言う。
「えっ！？　じゃあ家ついてっていいの！？」
「あんた、ののこっつったっけ？　ほら、乗りな。送ってやるぜ」
　なんかおかしなことになってんなぁ。源三は頭の中でもう一回、そう呟いた。

　源三は、花屋を営む実家に住んでいる。
　そのため、家に帰ればもちろん親もいる。
「おーい、母ちゃん客連れてきたぞ！」
　帰ってきた息子……と、その後ろにちょこんと立っている小さく可愛い女の子。
　母親は、ぴんときた。口元を緩めて、目尻を下げたかと思えば「いつの間に彼女なんて……」とこっそり耳打ち。
「ちげーよ！　彼女なんかじゃねーって！　そんな感極まったような誤解するなよ恥ずかしい！」
　源三はこの場を誤魔化すように、ののこに話を振る。
「……で、部屋も見てくんだったか？」
「うん！　ていうか、お家、お花屋さんだったんだね！」
「ああ、うちは花屋だ。あんた花は好きか？」
「うんっ！」
「そうか、気に入った花がありゃサービスするぜ」
　そう言う源三の後ろでは、母親が「やっぱり……？」みたいな顔をしていた。
「母ちゃんちげーし！　別に惚れたとかナンパとかそういうのじゃねーよ！　接客サービスだサービス！」
　このくらいの歳の息子とその母親にはいろいろあるみたいだった。
　源三は半ば強引にその場を切り上げ部屋へと向かう。
「部屋っつっても、俺の部屋なんざ面白味はねぇぞ？」
「いいの！　みんなの部屋がどんな部屋なのか見てみたいの！」
　そして通された部屋は、年相応の高校生男子らしい部屋だった。
「散らかってるから適当にスペース作って座ってくれや」
　源三はそう言ったけれど、ののこが落ち着いて座るわけもなく。
「わー、何これ？　何これ？」
　彼女の興味はあっちこっちに飛んでいき、忙しなく部屋をバタバタと走り回る。
「ねーねー、これって体鍛えるやつだよね？」
「ん？　ああダンベルに興味あるのか？　それ結構重いから気をつけて……」
「わあっ！！」
　抱えようとしたののこが、想像以上の重さにダンベルを落っことす。部屋中に響いた鈍い音と振動に「言わんこっちゃねぇ……」と源三がダンベルを拾おうとした時だった。
「ん？」
　何やら視線を感じる。ゆっくりそちらに目を向けると……母親が隙間から、にやけ顔で見ていた。
「だーかーらー！　そんなんじゃねーっつーのー！」
　この後、源三は母親にめちゃめちゃいじられたらしい。

このページにイラストを設定する