朝、目が覚めて｜リアクション

朝、目が覚めて

　あたしは夢宮瑠奈。

　朝、目が覚めると、あたしはここにいなかった。
　ベッドにいない、部屋にもいない。
　静かに浮き上がって、ふわふわふわぁ。夢見心地で空気中を漂ってる。
　あたしの姿は透明。
　自分ですら自分を見ることができないなんて、ちょっとフシギな感覚だねぇ。

　この世界からいなくなってしまったような感覚。
　これもいわゆる神魂の影響ってやつなのかなぁ。

　あたしはこの島のローカルなアイドルだけど、この島ではずいぶんとファンが増えたから、あたしのことを見てくれる人はたくさん増えた。
　町を歩いていると、たまに視線を感じることもある。
　でも、今は誰にも見られない。注目されっこない。

　この感覚は、久々かもしれない。
　この誰にも見られない世界、自分のいない世界を、ちょっとのぞいてみようかなぁ。

　ふわふわふわ。
　さぁ、いつもと違う世界への冒険だ。

　ふわふわ瑠奈は、とんでゆく。
　寝子島の朝陽を浴びて、ふわふわふわ。
　風に流され、とある建物へと入っていく――
　
　◇◇◇

　ここは寝子高の桜花寮。恵御納夏朝の部屋だ。
　薄日がさしてくるこの部屋は、とても気持ちがいい。

　夏朝は目が覚めて、ぼんやりと微睡んでいる。
　布団の中でうっすらと目を開けて、布団を通して伝わってくる陽の光が幸せを運ぶ。
　このぬくもり、布団に包まれる心地よさがいつもの何倍もあるように感じる、フシギな朝だ。
　夏朝は思った。
（ああ、布団は最高だなぁ）
　布団から出たくない彼女は、布団にもぐったまま顔をコシコシとこする。
　そこまでは、まあフツウであろう。
　いやでも、何でコシコシする？
　手で？
　どんな手で？
　ぷにぷにの肉球がついた、ふわふわの前足で！

「みゃーーーーー！？（猫さんになってるー！？）」

　夏朝は慣れない体にバランスを崩しながら、みゃみゃんと鏡の前にやってきた。
　そして自分の姿を写してみれば……

「みゃ！！！」

　橙色を基調としつつ手足の先が白い靴下猫な配色。
　やや短めの尻尾の先まで白くて、なんとも愛らしい。
　小柄な体は全身がやわらかくふわふわ～っとした毛並みで、誰でももふっとしたくなること間違いない。
（って言ってる場合じゃないよー！）
　そう、高校生は学校へ行かなきゃいけない。
　うっとり自分の姿に見とれている暇はないのだ。

「みゃあ～！」

　しかし、猫になった夏朝はこの桜花寮から出ようにも、ドアがあかなかった。
　みゃあみゃあ鳴いても誰も来てくれやしない。
　いや、正確にはひとり来てくれてはいるんだけど、ふわふわ瑠奈は透明ですり抜けてしまうし、声も出ないしで、何もできなかった。
（ごめんねぇ、手助けできなくて）
　夏朝はドアを爪で引っかいてみたりもするけれど、ただただ傷がついていくのみ……。
　しかし猫というのは不思議なもので、この爪研ぎ動作によって彼女の気持ちも少し落ち着きを取り戻すのであった。
　うん、爪研ぎは大切だね。
（って言ってる場合じゃないってばー！）
　夏朝猫はドアを諦めて、窓へ。
　みゃみゃっとがんばれば、なんとか自分の体が出るくらいには窓がずずずとあいてくれた。
　よし、飛び降りよう。
　猫だからか不思議とあっさりジャンプ！
　でも、心はやっぱり人だからか跳んだ瞬間に襲ってくるその恐怖！
　なんという都合の悪い変身の仕組みなのだろう。
　落下も恐いけど、こんな自分になってしまったことがまた恐い！

「みゃーーーーーーーー！」

　スタッ。無事着地。
　ふう。これから先が思いやられるな、と肉球をぺろぺろ舐める夏朝猫だった。

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