just another day｜リアクション

just another day

　さらにさぐるべく、獅子目悠月は言葉を重ねる。
「ライブというか、歌番組は見たのか？」
　その一言だけで十分だ。
「お前が出てた番組だろ？」
　来島アカリは即答した。

「ある女の子の話なんだ」
　それはどんな？　という問いに答えて、
「実在の人間をモデルにしてる」
　悠月は意図的にカメラを正面から見据えた。軽めの笑みを消し、真剣な眼を向けた。
「その子は……空から落ちてきたんだ。彼女は大事なものを落としながらもとても楽しそうで、フツウを、学校生活を楽しみたいと言った。きっかけはその一言、そこから始まる色々な出会いがあったから、俺は、ここにいる」

「そうか……」
　悠月は我知らず薄笑みを浮かべていた。
　この胸の想いは安堵だろうか。
　共感、だろうか。
　それとも。
　ふたたび沈黙が訪れた。気がつけば信号は青に変化している。けれど悠月は交差点に踏み出さないし、それはアカリにしても同じだった。
　互いに袖を引き合うようにして、同じ軒の下にとどまっている。
　その名分がわりというかのように、雨は勢いを増し始めた。
　アカリの桃色の瞳、そこに自分の姿が映っていることに悠月は気付く。
　いつの間にか向かい合っていたらしい。照れ隠しのように前髪を撫でつけて、
「お前はその夢でどんな生活を送っていたんだ」
　ぽつりと悠月はつぶやいた。返答がなくてもいいと思った。
　けれどもアカリは、幼子のような目をして、
「俺？」
　と問い返す。
「俺は……普通の高校生だった」
「普通って？」
「文字通りの意味。なんの変哲もない、普通の高校生」
「は？」
　悠月は怪訝な顔をする。
「役者になってたんじゃないのか」
「え、役者……？　一体なんの話だ……」
　まるで会話が噛み合わない。
　悠月は、細い針で首筋を突かれたような気分だった。
　なぜだ、というのが最初の感想だ。
　俺たちがトップミュージシャンだったのだから当然コイツも同じように、撮影やらなんやらで忙しかったのだろう、だから動かなかったのかとも思ったが……。
　悠月は思いだす。
　ステージ上で浴びた脚光、その熱さを。ステージを待つファンたちの、手で触れられそうなほどの期待を。
　あの夢の世界で、アカリはそれらを体験していなかったというのか。
　それを渇望していなかったというのか……？
「以前言っていた事とずいぶん違うんだな」
　怒気が言葉に出た。視線にも。
　悠月はアカリを軽く睨むと、まだ降る雨の中へ飛び出し、黄色の点滅する横断歩道を駆け足で渡った。
「おい……」
　アカリにとっては、これは予想外の反応だった。
　さすがに手を伸ばすことはしないまでも、「待てよ」と言いそびれたとは思った。
　道路を数台の車が行き交った。
　たちまち悠月の背は見えなくなってしまう。
「……なんなんだよ、一体」
　夢の話をしたかと思えば勝手に怒って……。
　俺にどういう返事を求めてたんだ。
　わけがわからない。
　むしゃくしゃする。
　悠月がスイッチだったかのように、急に雨脚は強まった。滝とはいかずともシャワー並だ。
　追って、ずぶ濡れになる気も、そもそも追ってどうにかできるという気もせず、アカリは軒下にとどまった。
　何度か信号が赤になって、何度か青になった。
「おや」
　軽やかな声が肩越しにする。
「Ciaoアカリくん」