just another day｜リアクション

just another day

　歩き出して間もなく、オルカ･ヴィヴァルディは携帯電話を取り出す。
　短縮ダイアルは一番押しやすい位置、指を滑らせる。
　――夢の話したら会いたくなっちゃったな～。
　画面に、『悠月』という文字と、彼のはにかんだような笑みが映し出される。
　コール音すらもどかしい。許されるのなら電話回線をくぐって直接会いたいくらいだ。
　あの時は理想の世界ってとこに気づかなかったけど。
　あの景色を。
　あの景色よりずっとすごい景色を。
　その先を。
　いつか未来でって言うために！

◆◆◆

　ふて腐れたように、来島アカリは軒の下にとどまっていた。
　オルカに反論できなかった自分に腹が立つ。
　けれどそれ以上に、悠月に想いが伝わっていなかったことが意識にこびりついていた。
　確かに獅子目に言った――。
　アカリは思う。
　俺の力で手に入るなら、努力だって何だってしてやる、って。
　……けどさ、お前たちみたいに強くないんだよ、俺。
　強がりなだけで。
　それでも……だからこそ。
　舞台に立って、自分じゃない誰かになれるのは楽しかった。
　スポットライトを、歓声を、浴びるのは嬉しかった。
　だから、この道を選んだのが正解かは解らないけど。
　これで良かったって思いたい……かな。
　考えているうちに落ち着いてくる。
　もやもやした気持ちも鎮まったような気がする。
　アカリは、ついに交差点を渡ったのだった。
　信号の色は、ほとんど翆（みどり）といっていいほど涼やかな青だ。

　でも、とも思う。
　……次会ったときにお返ししてやる。

◆◆◆

　寮の自室に帰ると、獅子目悠月は冷たいシャワーを浴びた。
　目一杯の勢いで、目を閉じて。
　いささか乱暴に水分をふきとると、薄いシャツ一枚でベッドに倒れ込む。
　やわらかなベッドは悠月の体を受け止め、そのまま飲み込むのではないかというほどに深く沈んだ。
　――少し見ない間に腑抜けやがって。
　思い返しても無性にムカムカする。
　しかし……内容はどうあれ来島もあの世界を覚えているのか……。
　だとすれば、と悠月は片目を開けた。
　オルカも……覚えているのか？
　そんな予感は、確かにある。
　八つ当たりと確認のために、悠月は携帯を取り出した。

　オルカからの着信が入っていた。