フェンスに手をかけ眺めた空は、汚れた白衣と同じ色をしている。
寝子島高校の屋上。
授業と授業の間の空き時間だ。
五十嵐 尚輝は、気がつけばここにいた。
理由はない。なんとなく、としか言いようがなかった。
もやもやする。とうの昔に諦めていたものがまた、古傷のように胸で疼いている。
――芽衣子さん。
心の中でだけならそう呼べる。
今道芽衣子(こんどう・めいこ)、大学院時代の研究室仲間だ。なかばでドロップアウトし高校教師となった尚輝と違い、彼女はアメリカに渡り研究者として活躍しているという。
芽衣子が現在、どうしているのかは知らない。SNSでもつなげばすぐにわかりそうなものだが尚輝にはその勇気がなかった。
かつて自分も憧れた道を、歩み続けている彼女に対する引け目がある。
恋人はいるのか、結婚しているのか……彼女の私生活を知ることも恐かった。
学生時代まともに話しかけもできなかった今道さんに、何を今さら、僕は――。
どうしてこんなに胸がざわつくのか。
あの日、化学実験室で居眠りしおかしな夢を見たときから、月に一度くらいこんな気持ちになる。
忘れなきゃ、と尚輝は思った。
気持ちを入れ替えるためにも一度、彼女の近況を調べてみよう。
その勇気が出れば、だけど。
◆◆◆
「わかった。なら体、気をつけてネ。お大事に」
オーナーの言葉にこもる気づかいに、少し心が痛くなる。
「人手のことなら大丈夫ね。今晩、紗央莉(さおり)さん、入ってくれることなったから。ゆっくり休んで」
「……ありがとうございます。失礼します」
この日、店のナンバーワン嬢こと
泰葉(やすは)は初めて職場をズル休みすることにした。
――子どもの頃みたい。
罪悪感と甘味がないまぜになったような気持ちがある。
窓を開ける。空は青みの混じった灰色だ。風も強い。
もう夏だというのに、今日は長袖が恋しいくらいだ。
ちかごろ泰葉は、過去の自分を思いだすことが増えた。
五葉 泰子(ごよう・やすこ)と呼ばれていた頃のことを。
先日などは、現在の自分が『泰子』のままで、寝子島のフラワーショップで働いているという夢すら見た。
それよりも今日だ。どこに行こう。
……夢で見た花屋が、本当にあるか確かめてみようか。
テーブルの上には、いつどこでもらったものか思い出せないアクセサリーが飾られている。
◆◆◆
学食のテーブル、黙々とカレーを食べる
鷹取 洋二の正面席に、
南波 太陽が自分のトレーを置いた。
「チョリーッス」
「おや、久しぶりだねえ」
「相席いい?」
「いいもなにも、もう座ってるじゃないか」
太陽のチョイスはうどん定食だ。うどん、かやくご飯、漬け物。常日頃チャラリラしている彼には似合わない地味な取り合わせである。しかも全部レディースサイズというか、小盛りだった。
「そういうのも食べるんだ? たいてい南波くんはほら、リブサンドイッチにジャーマンポークとコーラとか、そんな取り合わせだった気がするけど」
「いやあ、今日、ちょっと食欲なくて……」
「それはいけない。女の子に下腹部でも刺されたかい」
「ワカメ紳士も最近言うようになったっすなあ~」
はっはっは、とワカメ紳士は笑って、
「ところで南波くん、もしかして体調が悪いのかな」
「ちょっと悩んでてね」
「二股かけてた女の子の双方に悪事がバレたとか」
「
オレマジでそーいうイメージなの!? ちょっとショックっスよ」
「ごめんごめん、で、本当の話は?」
という洋二は、ほとんどカレーを食べ終えていた。
「鷹取ちゃん、笑わないで聞いてくれる?」
「たぶん無理だけど爆笑しないよう我慢してあげるよ」
「……正直なコメント感謝ッス。オレ実は、宇宙飛行士になるのが夢なんだ」
言った直後太陽は伏し目になって、「いや本当、笑っちゃうッスよね。もうすぐ十八歳(ジューハチ)なのに」と苦笑いしたが洋二は笑わなかった。
「立派な夢じゃないか。応援するよ」
そうしてにこりと微笑すらしたものだから、太陽は眼をウルウルさせてしまった。
「お……オレのこの夢バカにしないんだね!
うおおおおー! 鷹ちゃーん! 養子にしてくれー!」
「しないよ! ていうか『鷹ちゃん』て初めて呼ばれたよ」
それで、なにを悩むっていうんだい? と洋二は問う。
「いやでもね、オレの成績表はその夢を許してくれそうもなくって……って話ッス」
なるほどねえ、と洋二は腕組みした。
「そろそろ僕らも、真剣に進路を考えるべき時期だもんねえ」
「なりたい自分、ってなかなかなれないもんッスよ……」
太陽は食事に、まったく手を付けていない。
「鷹取ちゃんは悩まないの? こーいうこと」
「僕? 全然」
洋二はけろりとして言うのである。
「だって僕もう、なりたい自分になっているから」
太陽はぽかんと口を開けた。さすがは、とため息交じりに告げる。
「く……不覚にも格好いいって思ったッス」
「そう? ところで食べないなら君のうどん、もらっていいかい?」
◆◆◆
憂鬱な曇天、七月とは思えぬ肌寒い数日のなかのある一コマ。
普段通りの一日を送りながらも、なりたいものになれなかった自分を振り返ったり、理想の姿を夢想したり、あるいは、なれるかもしれぬ将来を想ったりする、そんな時間があってもいいのではないか。
桂木京介です。
ちょっと内省的なシナリオをお届けします。
本作は、先日完了した『FEAR THE FORCE』シリーズの後日譚的な意味合いもありますが、シリーズに参加していなくても(まったく読んでいなくても)もちろん参加できますし心から歓迎いたします。お気軽にどうぞ。
概要
自分の来し方や進路を思い、ちょっとセンチメンタルな気分になっているアクションを求めるのが主筋ですが、『私は今の私が大好き! くよくよしない!』というカラっと明るいアクションも好もしく思います。友達とワイワイさわいで憂鬱な気分を吹き飛ばすのもいいですね。
描写する場面について
七月上旬のある一場面です。場所や時間帯は制限がありません。天気だけ『曇天もしくは小雨』ということにさせてください。(といっても絶対ではないので、終了近くで晴れる、とかなら大丈夫です)
NPCについて
制限なしとします。ですが相手あってのことなので、必ず希望のNPCに会えるとは限りませんのでご了承下さい。
といっても登場させる努力はします……どうしても難しければ、恐怖のエクソダス『夢オチ』が発動しちゃうかもしれません。そうなったらお許しを。
以下、『FEAR THE FORCE』シリーズのNPCであれば100%遭遇できます。ただし、登場場所に制限があります。
●香川王堂(ドクター香川):『FEAR THE FORCE』事件の首謀者です。体を壊し寝子島総合病院に入院しています。昼間であれば車椅子で院内の庭を散歩しています。
●ナターシャ・カンディンスキー:拙作『春色タペストリー』シナリオのときの状態になってしまって、シーサイドタウンのショッピングモールを出たり入ったりしています。(他に行く場所を知らないようです)
●香川道太郎(アルチュール・ダンボー):多少回復し、寝子島総合病院内で兄の車椅子を押しています。街に出て行けるほどには元気になっていません。
※NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、ライバル同士、等。参考シナリオがある場合はページ数まで案内して頂けると大変助かります)を書いておいていただけないでしょうか。
また、必ずご希望通りの展開になるとは限りません。ご了承下さい
それでは、あなたのご参加を楽しみにお待ちしております。
次はリアクションで会いましょう!