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- 00月00日生 00歳
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just another day
寝子島総合病院の一階隅では、待ち合わせや軽食のための小さな喫茶店が営業している。
その奥のテーブルで、呉井陽太とナターシャは向かい合っていた。
「気にしなくていいですよ、オレもお見舞いのためにここに来る途中だったから」
「でもせめてコーヒー代くらい」
「構いませんよ。こうしてまたお会いできたのも何かの縁です」
飾り気のない白いテーブルにはコーヒーカップがふたつ、そして、夏限定というマンゴータルトの皿がふたつ置かれている。コーヒーのほうは薄くていまひとつだが、タルトのほうは生地サックリ、果肉もりだくさんでなかなか美味だ。
聞けばナターシャも誰かのお見舞いで、病院を訪れようとして迷っていたのだという。見上げればすぐ見つかる大病院なのに――というような野暮を陽太は言わない。『迷う』のはなにも、道に限らないではないか。
心配事でもあるのだろうか。
それはもしかしたら、彼女が見舞う考えの相手に関係しているのだろうか。
けれど、さすがに突っ込んだ質問は気が引けた。
なので陽太は、当たり障りのないことを問いかける。
「お元気ですか。あれから、どうされてます？」
「ぼちぼち仕事も探し始めていて……何件か紹介してもらったので」
彼女は自然に話しているものの、『ぼちぼち』とかそんな言葉に隠せぬ外国語訛りがある。
「陽太さんは？」
「オレもぼちぼちってやつですねぇ。将来、といってもせいぜい一年後ですが、そのイメージがなんとなくつかめてきました」
アムリタ世界のおかげで、という一言は心に秘しておく。
「それはよかった」
「ある人のおかげです。そうそう、今日オレ、その人に会いに来たんです」
言ってみて陽太は気がついた。
香川博士は世界をねじ曲げ、創り変えようとした。けれども私利私欲に駆られての行動という印象はない。むしろ多くの人の願望を叶えようとしたのではないか。
それで博士自身は不幸になったというのは皮肉だったが。
なんとなく、博士と話すべき内容が決まった気がする――。
「そろそろ行きますね」
陽太が立ち上がると、
「私は……帰ることにしました」
ナターシャも立ち上がって、寂しげに告げた。
「お見舞いに行かないんですか？」
「まだ、あの人と会う自信がなくって」
この状態で、と小さな声で彼女は付け加えた。
どういう意味だろう？
でもやはり、そこまで踏み込んで尋ねることはためらわれた。
「こんにちは、アムリタぶりですね」
病室に入って陽太は告げた。
「ああ、呉井君か」
その様子なら、と香川王堂は言ったのである。
「ごまかしはしないほうがいいだろうね。また会えて嬉しいよ」
散歩から戻ったばかりで、と王堂は言った。その『散歩』は車椅子に乗ってのものらしい。事実、はっきりと彼は衰えていた。幽霊のように青白く骨と皮ばかりになっており、いわゆる死相が出ている。
彼のそばに立つ道太郎も病人らしいやつれ方だが、兄に比べればずいぶんとましな状態だ。
――博士はあの後、こんなになるほど体を壊したってことだし、アムリタ世界を創造して維持してきた反動がここまで体を蝕んだってことなのかな……。
「見ての通りだよ」
陽太の心を読んだかのように王堂は言った。
「王珠が私を蝕んだ。癌だとさ」
えっ、と小さな声を上げる陽太を見て、
「兄さん」
道太郎はたしなめようとするが、その兄は「いいんだ」と首を振った。
「たとえばアムリタで私が受けた負傷……あれは現実に持ち越されなかった」
だが、と自嘲気味に言う。
「アムリタで発症した癌、これはそのままこの世界に持ち込まれた。この違いはなんなのだろうな……まあ、天罰と思って受け入れるさ」
疲れたように首を振る彼に、陽太は口を閉ざすほかなかった。
そうだ、と白々しい響きにならないよう気をつけて伝える。
「お見舞い、持ってきたんです。ええっと、香川博士には世界中の美しい夜明けの写真集で……道太郎さんにはダンボールアートの作品集の本なんですけど、気がまぎれるといいなぁと思って、こーいうのを選んじゃいました。少しでも気に入ってもらえたら嬉しいでっす」
「ありがとう。出たばかりの本だよね。ちょうどほしかったんだ」
「ありがたくいただくよ」
去り際、陽太は気になっていたことを口にする。
「博士はこれからも研究を続けるんでしょうか？」
「できたらそうしたいが」
と目を細めた香川王堂の顔、これが陽太の心に突き刺さった。
「無理だろうな……私の癌はかなり進んでいる。まず助かるまい」
兄さん！ と道太郎が叱るような声を出す。
「……それでは」
小声で告げて陽太は病室を後にした。
それしかできなかった。
その奥のテーブルで、呉井陽太とナターシャは向かい合っていた。
「気にしなくていいですよ、オレもお見舞いのためにここに来る途中だったから」
「でもせめてコーヒー代くらい」
「構いませんよ。こうしてまたお会いできたのも何かの縁です」
飾り気のない白いテーブルにはコーヒーカップがふたつ、そして、夏限定というマンゴータルトの皿がふたつ置かれている。コーヒーのほうは薄くていまひとつだが、タルトのほうは生地サックリ、果肉もりだくさんでなかなか美味だ。
聞けばナターシャも誰かのお見舞いで、病院を訪れようとして迷っていたのだという。見上げればすぐ見つかる大病院なのに――というような野暮を陽太は言わない。『迷う』のはなにも、道に限らないではないか。
心配事でもあるのだろうか。
それはもしかしたら、彼女が見舞う考えの相手に関係しているのだろうか。
けれど、さすがに突っ込んだ質問は気が引けた。
なので陽太は、当たり障りのないことを問いかける。
「お元気ですか。あれから、どうされてます？」
「ぼちぼち仕事も探し始めていて……何件か紹介してもらったので」
彼女は自然に話しているものの、『ぼちぼち』とかそんな言葉に隠せぬ外国語訛りがある。
「陽太さんは？」
「オレもぼちぼちってやつですねぇ。将来、といってもせいぜい一年後ですが、そのイメージがなんとなくつかめてきました」
アムリタ世界のおかげで、という一言は心に秘しておく。
「それはよかった」
「ある人のおかげです。そうそう、今日オレ、その人に会いに来たんです」
言ってみて陽太は気がついた。
香川博士は世界をねじ曲げ、創り変えようとした。けれども私利私欲に駆られての行動という印象はない。むしろ多くの人の願望を叶えようとしたのではないか。
それで博士自身は不幸になったというのは皮肉だったが。
なんとなく、博士と話すべき内容が決まった気がする――。
「そろそろ行きますね」
陽太が立ち上がると、
「私は……帰ることにしました」
ナターシャも立ち上がって、寂しげに告げた。
「お見舞いに行かないんですか？」
「まだ、あの人と会う自信がなくって」
この状態で、と小さな声で彼女は付け加えた。
どういう意味だろう？
でもやはり、そこまで踏み込んで尋ねることはためらわれた。
「こんにちは、アムリタぶりですね」
病室に入って陽太は告げた。
「ああ、呉井君か」
その様子なら、と香川王堂は言ったのである。
「ごまかしはしないほうがいいだろうね。また会えて嬉しいよ」
散歩から戻ったばかりで、と王堂は言った。その『散歩』は車椅子に乗ってのものらしい。事実、はっきりと彼は衰えていた。幽霊のように青白く骨と皮ばかりになっており、いわゆる死相が出ている。
彼のそばに立つ道太郎も病人らしいやつれ方だが、兄に比べればずいぶんとましな状態だ。
――博士はあの後、こんなになるほど体を壊したってことだし、アムリタ世界を創造して維持してきた反動がここまで体を蝕んだってことなのかな……。
「見ての通りだよ」
陽太の心を読んだかのように王堂は言った。
「王珠が私を蝕んだ。癌だとさ」
えっ、と小さな声を上げる陽太を見て、
「兄さん」
道太郎はたしなめようとするが、その兄は「いいんだ」と首を振った。
「たとえばアムリタで私が受けた負傷……あれは現実に持ち越されなかった」
だが、と自嘲気味に言う。
「アムリタで発症した癌、これはそのままこの世界に持ち込まれた。この違いはなんなのだろうな……まあ、天罰と思って受け入れるさ」
疲れたように首を振る彼に、陽太は口を閉ざすほかなかった。
そうだ、と白々しい響きにならないよう気をつけて伝える。
「お見舞い、持ってきたんです。ええっと、香川博士には世界中の美しい夜明けの写真集で……道太郎さんにはダンボールアートの作品集の本なんですけど、気がまぎれるといいなぁと思って、こーいうのを選んじゃいました。少しでも気に入ってもらえたら嬉しいでっす」
「ありがとう。出たばかりの本だよね。ちょうどほしかったんだ」
「ありがたくいただくよ」
去り際、陽太は気になっていたことを口にする。
「博士はこれからも研究を続けるんでしょうか？」
「できたらそうしたいが」
と目を細めた香川王堂の顔、これが陽太の心に突き刺さった。
「無理だろうな……私の癌はかなり進んでいる。まず助かるまい」
兄さん！ と道太郎が叱るような声を出す。
「……それでは」
小声で告げて陽太は病室を後にした。
それしかできなかった。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2018年09月16日
- 参加申し込みの期限
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- 2018年09月23日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2018年09月23日 11時00分
