just another day｜リアクション

just another day

　帰路、志波武道は空を見上げる。
　暮れゆく空にとどめなく、降りつづける細かな雨を。
　アムリタ……本当は覚えている――。
　覚えてるのぼんやり最後の方だけなんですよ、と香川博士には言ったがあれは嘘だ。
　昨日武道は下宿先で、テレビのリモコンを手にしたとき妙な既視感を覚えた。なんとなくリモコンをテーブルの端にコンコンと当てた、その音とともに思い出したのだった。それも、幕が落ちるようにしていちどきに。
　一気すぎて衝撃も大きかったけどね、と小さく思い出し笑いする。
　かつて進路に悩んだ自分に、親友の陽太が勧めてくれた職業は警察官だった。まるで模範解答のように、その未来はすとんと腑に落ちたものだ。
　なのにアムリタで武道が見たのは、アンダーグラウンドのジャーナリストになっている自分だ。
　しかし武道にとっては同じだ。焦点のぶれはない。
　――たぶん俺の願望は、「生きていると実感できること」だから。
　なんとなくなりたいじゃ『夢』で終わる。
　言霊のごとく自身に誓うように宣言する。
「俺は警察官になる」
　だけど――。
　またため息が出た。
　今日は気分が落ちちゃうなー。
　こういうときは、
「よっし、走ろう……！」
　武道は傘をたたんだ。少々の雨がなんだ。
　次の瞬間にはもう、彼は自身の思いに従っている。

◆◆◆

　傘越しに空を見上げて呉井陽太は思う。
　ここには色々なものが流れ込んできやすいからなぁ……。
　香川博士の、なにか悟ったような表情が脳裏を離れない。

　雨は止まない。

◆◆◆

　よう、と声をかけて御剣刀は、香川王堂の返事も聞かず病室に入った。
　会ってどうなるわけじゃない、それは理解している。
　つまるところ人生のすべては、自分で決めるほかないのだから。
　それでも、なにかが得られると思って刀はここに来たのだ。
　俺はどうなんだろう？　そんな不安に押されるようにして。
「御剣君か」
　掠れた声が返ってくる。
　薄暗い病室、ベッドに半身を起こした姿は間違いない、寝子島で公王を名乗っていた人間だった。たまたまなのか外しているのか、弟の姿はないようだ。
　王堂の衰えぶりには、さすがに刀も動揺した。
　幽鬼がかりそめの魂を得て、人間のふりをしているのではないかとすら思えた。話すことはできるのかと不安になる。
「疲れているなら日を改めるが」
　と言う刀に、
「構わない。椅子ならそこにある」
　短く王堂は返した。見た目より声のほうがしっかりしている。
「聞きたい」
　椅子に腰を下ろし、刀は問う。
「何をだね」
「後悔しているのかどうか」
　香川は黙って、刀の言葉を待った。
　刀は言う。
「つまり、なりふり構わず我武者羅に己の望みを叶えようと走り続け、そして叶えたことを」
　しかしすぐに答えず、香川は天井を見上げたのである。
　ややあって言う。
「君は若いな、御剣君」
「ドクトルとて老人ではないだろう」
　は、は、と香川は笑った。
「そうだったな。だが君よりは年長だ。だから言えるのだ。後悔のない人生などない、とね」
　けれど、と彼は言う。
「やるのではなかったとは思わない。後悔はあるがやってよかったと思うよ、間違いない。もし人生のやり直しができたとしても、多分私はあれをやるだろう」
「……もしドクトルが泣き言を口にしても」
　切れ長の瞳を流し、刀は言う。
「それはそれで仕方がないと考えていた。そんな姿を見た今ではなおさらだ」
　途方もない己の望みを叶える、誰になんと言われようとも……そして望みを叶えた彼は、本物だと思う。
「なのに、やり直せたとしてもまたやりたいという言葉が聞けた。少なくともそれで、来た甲斐があった」
　それで十分だ、こう告げて刀は病室を後にした。

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