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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
- AAA000000
just another day
なのに、と如月庚は思うのである。
「……なんでこうなるかね」
モール内のカフェ、その隅のテーブルで、庚はナターシャと向かい合って座っている。
庚の目の前には単なるコーヒー、ナターシャの前には、なんとかチーノとか妙な尾ヒレのつく甘いコーヒー飲料がある。
エレベーターを出ようとした庚は、ナターシャに手首をつかまれていた。
ナターシャは何も言わなかったし手にも力はこもっていなかったが、有無を言わせぬものがあった。
気迫負けしたというのか。このとき、
「話をしよう」
少しだけだが、と庚は自分から切り出していたのである。
戦闘マシーンみたいだったナターシャがまるで借りてきた猫、高い背を丸め気味にして両手で、紙カップを持ち飲むでもなく飲まぬでもなく、ただ口元にやっている光景にはどうしても慣れない。
ぽつりぽつり、ですます調で彼女が語ったところはこうだ。
仕事は終わった。失敗だ。寝子島に居を定めたものの、他に行くあてもなくこうして途方にくれている……。
そうか、俺が『優等生』だった世界は実在したわけか――と感慨を覚えつつ庚は告げた。
「これからどうすんだ。あんたが望んだ世界をブッ壊した俺が言えた義理じゃあねぇがよ」
「事情があって国には帰れません……」
視線恐怖症なのだろうか、ナターシャは決して庚の目を見ない。
変な話を聞くが、と前置きして庚は問う。
「あるのか、戸籍は？」
あるらしい。だったら、と告げた。
「働いてみるのはどうだろう」
庚は考える。
この女は、何かを克服したいように見える。それこそ人でもなんでもいい、触れて慣れてみるのがいいかもしれない。
彼女がうなずくのを見て、だったら、と庚は財布を取り出した。
財布は分厚いけれど札束ギッシリのおかげではない。メモやら名刺やら、後々必要になるかもしれないものをぱんぱんに詰め込んでいるからだ。
出てくる出てくる。
私立探偵、天利 二十の連絡先が書いたメモ。
R&R Agencyのボス、坂内 梨香の名刺。
欧風料理店Mahlzeitの連絡先に、バイト先である星ヶ丘のクラブの名刺も出てきた。
「裏っぽいのばっかだな……まぁいい。こん中の誰かなら、雇ってくれるかもしれないし仕事をくれるかもしれない。ひとつひとつ当たってみるんだな」
持ってけよ、と渡して、あとこれ、とカフェのレシート裏にペンを走らせる。
「俺の連絡先だ。拳を交えた縁があらあ。なんかあったら連絡してくれ」
「ありがとうございます」
拝領するようにしてナターシャは、メモを両手で受け取った。
康の頭の中で声がした。
自分の声である。
しかしその口調は、あの『優等生』だった自分に似ていた。
贖罪のつもりか？ と薄笑いとともに声は告げた。
バカ言え、と康は優等生に答える。
なんとなく、だよ。
ほどなくして康はナターシャと別れた。
その手にはナターシャの住所と連絡先を記したメモがあった。
客観視するとナンパのように見えたが――と優等生が揶揄する声が聞こえたが無視する。
◆◆◆
あの花屋はどこにあるだろう。
偽りの世界で通ったその場所を、探す足取りは彷徨い人のよう。
アムリタのなかで優木 遥斗は毎朝、そこに通っていたはずだった。目をつぶっていてもたどり着くことができたほどだ。
それなのに記憶にある道、覚えているはずの曲がり角、いずれも遥斗は見つけることができない。現実の地図からすっぽりと、その場所だけ抜け落ちてしまったかのように。
もう何十分探しただろう。四方八方から否定語をつきつけられた気分だ。焦りはじめる。
傘で視界が狭まっているせいだろうか。
遥斗は傘を下ろした。
霧吹きのような雨が顔に吹き付ける。
目を見開き、しばし言葉を失った。
何度も通った四つ辻の向こう。そこに立ち尽くす泰葉の姿があった。
夜の、着飾った姿ではない。
だがアムリタで目にした、背景に埋没しそうなほど地味な姿でもない。
ちょうどその中間、いつか見たプライベートのときの彼女に近い。大ぶりの眼鏡をかけ、傘の柄を肩に乗せている。傘の色は、つやのないワインレッドだった。
彼女も驚いているのだろう。軽く口をあけたまま遥斗を見ていた。
泰葉さんと会えたら――と遥斗は漠然と考えていた。
確かめたかった。
偽りの幸福な世界の記憶が、果たして泰葉さんの中にどれくらい残っているのか。
自分に話した内容を、どれくらい覚えているのか。
しかし急に再会したこともあり、想いはタイヤのない車輪みたいに空回りするばかりで、遥斗の口から出てこない。
そんな彼の様子に気付いたように、泰葉は笑みを浮かべた。そうしてからかうように、
「遥斗くんも、お散歩？」
と、言ったのである。
「……なんでこうなるかね」
モール内のカフェ、その隅のテーブルで、庚はナターシャと向かい合って座っている。
庚の目の前には単なるコーヒー、ナターシャの前には、なんとかチーノとか妙な尾ヒレのつく甘いコーヒー飲料がある。
エレベーターを出ようとした庚は、ナターシャに手首をつかまれていた。
ナターシャは何も言わなかったし手にも力はこもっていなかったが、有無を言わせぬものがあった。
気迫負けしたというのか。このとき、
「話をしよう」
少しだけだが、と庚は自分から切り出していたのである。
戦闘マシーンみたいだったナターシャがまるで借りてきた猫、高い背を丸め気味にして両手で、紙カップを持ち飲むでもなく飲まぬでもなく、ただ口元にやっている光景にはどうしても慣れない。
ぽつりぽつり、ですます調で彼女が語ったところはこうだ。
仕事は終わった。失敗だ。寝子島に居を定めたものの、他に行くあてもなくこうして途方にくれている……。
そうか、俺が『優等生』だった世界は実在したわけか――と感慨を覚えつつ庚は告げた。
「これからどうすんだ。あんたが望んだ世界をブッ壊した俺が言えた義理じゃあねぇがよ」
「事情があって国には帰れません……」
視線恐怖症なのだろうか、ナターシャは決して庚の目を見ない。
変な話を聞くが、と前置きして庚は問う。
「あるのか、戸籍は？」
あるらしい。だったら、と告げた。
「働いてみるのはどうだろう」
庚は考える。
この女は、何かを克服したいように見える。それこそ人でもなんでもいい、触れて慣れてみるのがいいかもしれない。
彼女がうなずくのを見て、だったら、と庚は財布を取り出した。
財布は分厚いけれど札束ギッシリのおかげではない。メモやら名刺やら、後々必要になるかもしれないものをぱんぱんに詰め込んでいるからだ。
出てくる出てくる。
私立探偵、天利 二十の連絡先が書いたメモ。
R&R Agencyのボス、坂内 梨香の名刺。
欧風料理店Mahlzeitの連絡先に、バイト先である星ヶ丘のクラブの名刺も出てきた。
「裏っぽいのばっかだな……まぁいい。こん中の誰かなら、雇ってくれるかもしれないし仕事をくれるかもしれない。ひとつひとつ当たってみるんだな」
持ってけよ、と渡して、あとこれ、とカフェのレシート裏にペンを走らせる。
「俺の連絡先だ。拳を交えた縁があらあ。なんかあったら連絡してくれ」
「ありがとうございます」
拝領するようにしてナターシャは、メモを両手で受け取った。
康の頭の中で声がした。
自分の声である。
しかしその口調は、あの『優等生』だった自分に似ていた。
贖罪のつもりか？ と薄笑いとともに声は告げた。
バカ言え、と康は優等生に答える。
なんとなく、だよ。
ほどなくして康はナターシャと別れた。
その手にはナターシャの住所と連絡先を記したメモがあった。
客観視するとナンパのように見えたが――と優等生が揶揄する声が聞こえたが無視する。
あの花屋はどこにあるだろう。
偽りの世界で通ったその場所を、探す足取りは彷徨い人のよう。
アムリタのなかで優木 遥斗は毎朝、そこに通っていたはずだった。目をつぶっていてもたどり着くことができたほどだ。
それなのに記憶にある道、覚えているはずの曲がり角、いずれも遥斗は見つけることができない。現実の地図からすっぽりと、その場所だけ抜け落ちてしまったかのように。
もう何十分探しただろう。四方八方から否定語をつきつけられた気分だ。焦りはじめる。
傘で視界が狭まっているせいだろうか。
遥斗は傘を下ろした。
霧吹きのような雨が顔に吹き付ける。
目を見開き、しばし言葉を失った。
何度も通った四つ辻の向こう。そこに立ち尽くす泰葉の姿があった。
夜の、着飾った姿ではない。
だがアムリタで目にした、背景に埋没しそうなほど地味な姿でもない。
ちょうどその中間、いつか見たプライベートのときの彼女に近い。大ぶりの眼鏡をかけ、傘の柄を肩に乗せている。傘の色は、つやのないワインレッドだった。
彼女も驚いているのだろう。軽く口をあけたまま遥斗を見ていた。
泰葉さんと会えたら――と遥斗は漠然と考えていた。
確かめたかった。
偽りの幸福な世界の記憶が、果たして泰葉さんの中にどれくらい残っているのか。
自分に話した内容を、どれくらい覚えているのか。
しかし急に再会したこともあり、想いはタイヤのない車輪みたいに空回りするばかりで、遥斗の口から出てこない。
そんな彼の様子に気付いたように、泰葉は笑みを浮かべた。そうしてからかうように、
「遥斗くんも、お散歩？」
と、言ったのである。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
-
- 2018年09月16日
- 参加申し込みの期限
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- 2018年09月23日 11時00分
- アクション投稿の期限
-
- 2018年09月23日 11時00分
