私立探偵の隠し場所｜リアクション

私立探偵の隠し場所

「あはは、すみませんねー。でも言われたとおりですのでー」
　屋敷野梢は悪びれずに笑った。立ち上がって、背中を向ける。
「あの……アリガトウございます」
　フィリアはその背中を見送りながら、それでも礼を言った。
「何がですかー？　こちらこそ、時間を無駄にさせてすみませんでしたねー」
　肩越しに振り返った梢の瞳に映ったフィリアの顔は、しっかりと笑顔だった。
「イイエー、まずはアナタに聞いてみたほうが良さそうだと思いマシタのでー」
　梢はそれには答えない。その場を後にして、旧市街の方へと向った。

「さて……ちょっとだけ面白そうですけど、どうしましょうかねー……」

「さて……コチラモ……ついでにこの島も見たいデスねー、やっぱり」
　フィリアは何事もなかったかのようにまた探し始めた。探しているのは目的の人物そのものではない、そのコトを訊ねたら何かが起こりそうな人物、だ。
　先ほど梢に声をかけたのもそう、少なくとも探している人間がこの島にいることは確認できた。そしてその人物が、自分と会いたがってはいないということも。
「あ、ちょっとスミマセーン！」
　そうして彼女はまた歩き出す。７２時間の滞在時間を余すことなく使い切るために。

☆

「えーと、天利さん、こんにちは？」
「よお」
　御剣刀と天利二十は爽やかな挨拶を交わした。
「何か久しぶりなような……そうでないような？」
「ああ。学生さんとは毎日会うような間柄じゃねぇしな？」
　何のこともない日常会話。問題はここが路地裏のゴミ箱の裏だということ。
　さきほど梢から電話を受けた天利はさっそく雲隠れの準備をしているのである。しかしながら、そこにゴミ箱の裏を選ぶあたり、センスがないと言う外はない。
「あー……何かこう……勘違いだったら悪いんだけど……」
「何だい」
　天利はキョロキョロと建物の隙間から往来を気にしている。いつもの飄々とした様子は面影もない。しかしどこか余裕もある……切羽詰った感じがないというか。
「……誰かに追われてる？」
「！！」
　ビクゥと天利の身体が硬直した。明らかにブルブル震えながら、辛うじて言葉をひねり出す。
「そそそそんなこたぁねぇよ俺ぁ探偵だよ追いかけるこたぁあってもひとさまに追われるだなんておめぇ何の根拠があってそんなこと言ってトマト食うか？」
「あっはい」
　もはや支離滅裂だ。さきほど一瞬でも感じた余裕のようなものは気のせいだったのだろうか。刀はガタガタと震える手で差し出されたトマトを受け取ると、軽く服の裾で拭いてかじった。甘い。
「あ、美味い」
「なぁ学生さん……どっか隠れる場所ねぇか？　そう長い時間じゃなくていいんだが……」
「あー……そうね……そんなら、いっそあちこち回ってみようか。俺も付き合うよ」
　刀は天利の申し出を快諾した。
「そうか、確かに誰かといた方が誤魔化しも効くな……しかしいいのかい、こんな天気のいい日に、さ」
　少しだけ落ち着きを取り戻したのか、天利はズボンの裾を払った。口の端を軽く吊り上げて、笑う。
　刀もまた、天利に片手を差し出しながら少しだけ笑った。