【七夕】灯りをつけましょ提灯に☆｜リアクション

【七夕】灯りをつけましょ提灯に☆

「七夕提灯散歩……へぇ、一つの提灯をもって二人で。
　素敵だねぇ……あの……神嶋くん！　よかったら一緒に歩いてください！」
「耳福池……なら、喧騒からは離れられるか」

　簡潔な返答から了承だと受け取れば、結城日和は嬉しそうにスタッフから受け取った提灯を神嶋征一郎の方へ差し出す。
　池の周りを一周コース。
　次の竹燈籠はあれかな？　などと、主に日和が言葉続けながら順調に歩いていたが。
　灯りが揺れたかと思えば突如その場から宙を舞った。

「火の玉……！」
「！？」

　自分たちへ突進するが如く飛んできた青い火に、咄嗟に目をつむる日和。と、見た瞬間硬直する征一郎　――

　身構えていたものの、一向に熱さはやってこず。
　おずおずと瞳を開くと、一緒に掴んでいたはずの手が消えていた。
　――　離れ離れになっちゃったみたい……神嶋くん大丈夫かな？
　さっきの火の玉だったから多分神嶋くんの苦手な部類にはいるだろうし……。
　日和は何度か周囲を見渡してから、私はここだよー　と声は発する。

　その声は征一郎の耳にしっかり聞こえていた。
　ただし、同じような声色が続けて別方向からもしているわけだが。

「結城？　おい、四方八方から同時に声が……」
「え？　ほんとうっ？　って神嶋くん？　近くには居るみたいだね」

　互いの声は至る所から聞こえるが、肝心の本人の姿はまだ捉えられない。
　――　……せっかくのお祭りなのに一緒に歩けないのは寂しいな。
　本物の気配も感じられたおかげか、意外と恐怖は無くどちらかというとしょんぼり気味の日和とは反対に。
　本人以外の声の正体……それはつまり、と思考が至った征一郎は完全に蒼白中であったりする。
　――　とはいえ、神嶋くんをずっと一人にさせたくない……。
　征一郎の心中を察したように、自身の寂しさを頭を振って取り払ってから、日和はまた声を張った。

「神嶋くーん。なにか、神嶋くんしか知らないこと、言ってみてー！」
「……結城？」

　相手しか知らないこと。自分が知っている神嶋くんの秘密と言えば雲と幽霊が苦手な事だろうけれど。
　これ言っちゃっていいのか分からない、し。
　思案した後、相手を気遣った結果な日和の言葉が紡がれる。
　すると、耳飾りが揺れる耳に、ヨシキタ、とばかりに偽物たちが真っ先に言葉を投げて来た。
　やれヴァイオリンのことだの、星ヶ丘寮のことだの、誰も踏み入らせるつもりは無い、だの……。
　――　……自分じゃねぇ奴が好き勝手喋ってくれるぜ。
　温度失っていた征一郎の顔に、苛立ちからか熱が戻っていく。
　――　自分は知ってる。
　結城が変わらずずっと、待っていてくれている事も、想い続けてくれている、事も……。
　彼女自身の心に対しては、少々自信なさそうに胸の内で呟くに留めるが、征一郎は次には顔を上げた。

「以前、結城の父親と音楽の価値観が違うって悩みを聞いた事があるのは自分だけの筈だ」
「！　神嶋くん！」

　偽物の征一郎の声たちを裂くように紡がれた言の葉。
　偽物の日和の声たちの誰よりもいち早くその場を飛び出した小柄な影。

「そこか結城……！」

　影の手を掴むと、咄嗟にその頭を抱え込むように征一郎は己の胸に抱いた。

「かかかっ……神嶋、くん？？」
「……無事か」
「う、うん。なんともないよ」
「勝手にいなくなるんじゃねぇ。とっととこの場を離れる」

　戸惑う日和の手を強く引いて、征一郎は安堵の吐息をそっと漏らしては前へ進み出す。
　突然の別離。
　偽物の方へ彼女が行っていたらどう思ったのか。
　気付いた瞬間、ずっと寄せては返すさざ波のように落ち着かなかった心が、すぅっと凪いでいくのを自覚した征一郎がいるのだった　――