【七夕】灯りをつけましょ提灯に☆｜リアクション

【七夕】灯りをつけましょ提灯に☆

　悩んだ末、夜も参加を決めた。改めて浴衣に着替えれば羽生碧南は寮を出る。

　道すがらはまだ、ちょっぴり気が沈みがちではあったけれど、屋台が立ち並ぶ参道商店街までやって来れば笑顔で行き交う人たち、華やかな提灯と浴衣、出店たちから威勢よく放たれる呼び声など、その雰囲気を全身で受け止めて次第に心も晴れやかになる。
　心と連動して緊張していた体が弛緩してくると、正直になるのはお腹の音であった。
　きゅるるるー。
　そういえば、寮の夕食を食べ損ねていたと思い出す。そうするともはや居てもたってもいられなくなっては、碧南、良い匂いたちに誘われるがままに、焼き鳥に焼きそば、フランクフルトにリンゴ飴と定番メニューを順当に攻め上げていく。
　寛いだ心、満たされた空腹。の次に来たモノ……それは碧南という個を形成している重要な成分、乙女ゲーム脳が活発化し出した。
　頭の中で繰り広げられ始めたのは、先日クリアしたばかりの「アオハルフォーシーズン」内に登場する夏イベント。
　水着デートに並ぶ定番、浴衣デートなシチュエーションは今の自分とピッタリ重なって、己の背景にデートスチルや萌えヴォイス、ムード溢れるＢＧＭなどが再生されれば、碧南の高身長な本来整った立ち姿や表情が残念な方向に崩れ始める。
　後ろ姿から目の保養と印象受けた者が横顔覗き込めば、そこにはデュフフ……と恍惚とした笑みを称えた表情に、静かに立ち去る人影も数人いたとか。

　そんな碧南の背後から、爽やかに名を呼び掛ける人物が平然と近づく。

「羽生くん」

　声が耳に届いた瞬間、妄想ワールドの空間がパチンッと音を立てて割れては急速に現実へ戻って来る碧南。
　紅潮していた頬から血の気さえ引きそうな程に、ゲームのスチルで言えば表情に縦線が３本程追加されているそんな空気。
　恐る恐る振り向けば、やはりそこに居たのは大好きなはずの鷹取洋二張本人で。
　いつもであれば緊張しつつも笑顔で挨拶を交わしているところだが、昼間自ら起こしたリアル突発イベントを鮮明に思い出して、その口はぱくぱく言葉を探し空振った。
　――　告白、当然先輩は聞いていたわけだけど……。
　どうしても顔色を窺うふうな視線になってしまい、自分自身に叱咤を飛ばす。
　先輩を困らせたいわけじゃないでしょ私……っ。
　どうにか、にこっ、と微笑んでから。

「今晩はです、鷹取先輩。こんなところでドウシタンデスカ？」

　どうしたもなにもお祭りに来たに決まってるデショー！！
　自己ツッコミが心の中で虚しく叫ばれた。
　おかしな言い回しに自己嫌悪していれば、向こうから言葉が返される。

「いやね、羽生くん、こういうお祭りの時の美味しいモノ見つけるの上手そうだなって思ってね。
　美味しそうに物をいつも食べてるから」
「（確かに！　夏至祭りとかで食べまくってる時に会っちゃったけどー！）」

　一緒に写真に映れた淡い素敵な思い出☆、に上書きされて忘れていたが、相手はそんな印象を自分に抱いていたのかと、乙女心大変複雑である。
　すっかりしどろもどろになっている碧南だが、続いた言の葉にパッと顔が上がった。

「もしもう色々食べてるなら、良かったらオススメ、教えてくれないかい？」
「え？　わ、私で、いいんですか……？」
「勿論。折角のお祭りだし、羽生くんとなら楽しく美味しく回れそうだからね」

　いつも通りな温和な笑みを向けてくれる人へ、凝り固まっていた表情筋がゆるゆるとほぐれていくのを感じた。
　何とか次第に声に明るさ戻って来れば、そういう事ならと張り切って先導しながら。
　――　気を、遣ってくれたのかな。
　少なくとも、『いつもの私』と一緒にいる先輩は、楽しんでくれてるのかな。
　色々気になる想いも抱えながらも、それでもまだこうして隣りを歩けるならばと、碧南は浮き上がりそうになる不安を今は抑え、精一杯の微笑みと共に屋台を回るのだった。