ワールドツアー＜イタリア編＞｜リアクション

ワールドツアー＜イタリア編＞

○亡き祖父の思い出
　
「ここは……サン・マルコ広場？」
　三宅葉月は、いきなり寝子島からイタリアのベネチアへと迷いこんでいました。
　世界で最も美しい広場とも言われるサン・マルコ広場は、葉月が１４歳の冬休み、祖父と訪れた思い出の場所でした。
　あの冬のアクアアルタの時とは違って、多くの観光客でにぎわっていましたが。
　それでも懐かしくて、しばらく葉月はそこに佇んで祖父のことを思い出していました。
　優しかった祖父は、もうこの世にいません。
　涙がにじみ出そうになったのを、慌てて指で拭いました。
　祖父に心配をかけてしまいそうで。
　泣いてばかりではいけない、と思えたのです。
　
　せっかくのイタリアでのひと時を有意義に過ごしたいと思い、葉月はゆっくりと歩き出します。
　ゴシック風の整然とした建物の、装飾的な彫刻を施された白い列柱が、二段、三段と回廊になって広場を取り囲んでいます。
　ドゥカーレ宮殿やサン・マルコ寺院の美しさは、葉月の想像の翼を羽ばたかせました。
　女性が一人で歩いていれば挨拶がわりに口説くのがイタリア男性のお約束だといいますが。
　胸下あたりまでの緩くウェーヴのかかった少し緑がかった黒髪に、どこか作りものめいた、ミステリアスな可憐さと物憂げでアンニュイな表情。
　そんな葉月の姿は高貴な森の精が歩いているような錯覚を周囲に与えました。
　スリもナンパ男も気勢をそがれたか近寄ってきません。

　やがて葉月は、ベネチアからそれほど離れていないムラーノ島へ赴きました。
「硝子細工？」
　そこにはベネチアン硝子を生産しているガラス工房がたくさんありました。
　鮮やかな色の硝子細工に心引かれ、見つめます。実用的なグラスだけでなく貝類や動物の細工もありました。
「貝殻？　硝子なのね、本物そっくりね。こっちは馬ね。尻尾がとりはずせるのかしら」
　芸術科の生徒であり美術部の部員でもある葉月は、興味をひかれたものを見て歩きながら静かに時を過ごすのでした。
　
　

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