【ひんやりプールにて】

　今年の寝子島は、とにかく暑っつい！！
　ということで。

「さーて、泳ぐぞ～！」
　バッチリ水着に着替えた水上 桜は、遊ぶ気マンマン！
　目的はここ、寝子島スポーツセンターの屋内プールのどこかにあるらしい遺物の回収……ではありつつ、まずは冷たいプールを堪能することから始めるようです。なんにしろ、暑いものでして。
　ただ、すんなりコトが運ばないのもまた、寝子島的フツウあるあるなのでした。
「んン……？」
　イチニ、サンシとプールサイドで準備体操をしておりますと、何人かの子どもたちがポカーンと口を開けて、目をまん丸くしているのを見かけました。
　この日は桜と同じくして、冷たい水にでも浸かって暑さをしのごうという人も多かったようで、プールはわりかし混みコミです。皆さん全力で楽しんでいるもので、それがかえって良い方向に働いているのかもしれません。
　つまり、ぽっかりとプールサイドに現れたねこのまぼろしに気づいているのは、今のところポカーンな子どもたちだけであるようです。
「……まーたフツウかッ」
　小さくぽつり、毒づいた桜。ちょうどプールに入ろうとしていた矢先のことでして、思わず出ちゃうのもいたしかたなしというものです。
　それはさておき、ねこはちょっぴり小太りなメスで、胸を張ってツンとあごを反らした優雅な立ちふるまいは、どことなく星ヶ丘に住むマダムたちを思い起こさせました。ねこはくいっくいっとエアロビっぽい準備体操をして、スイミングキャップをぱちんとかぶり、ゴーグルをかぽんと目にかぶせると、プールへダイブ！
「ひと泳ぎの前に、探さなきゃいけないみたいね……」
　とぷんと水の中に消えたねこへ、桜ははあっとため息ひとつ。
　なによりフツウ嫌いな桜ですし、いささか神経質なトコロも加味すれば、ほうっておいてひとりプールを堪能する、などということはできそうもありません。
「ああもうっ」
　まずは、いまだにポカーンな子どもたちのもとへ近づくと、桜はつとめてお姉さんらしく、優しい笑顔を浮かべて言いました。
「面白いわねーあれ！　島中で目撃されてるみたいじゃない」
「えっ！？」
「ねーちゃん、あれ知ってんの！？」
「なんなのあの猫！？」
「新型プロジェクターのテストだって、３Ｄホログラムを利用した新技術、とか言ってたかなー。もちろん超常現象なんかじゃないわよ？　ふふっ、びっくりしちゃった？」
「ち……ちがうよ、別にびっくりなんてしてねーや！」
「なあんだ。しんがたぷろじぇくたーかぁ……」
　ほっとした様子の子どもたちに、にっこり！　ひとつ笑いかけて、手を振りながらさっそうと立ち去ります。
（まったく。世話が焼けるんだから、フツウっ）
　もれいびも楽じゃないですね。
　というわけで子どもたちのフツウを守りつつ、桜はあらためて遺物探しを開始します。ねこのまぼろしが現れたのは、近くにそれがあるということの証です。
　まずはプールサイドをチェック。排水溝に挟まっていないか、ビート版置き場に紛れていないか……飛び込み台の下に転がっていないか。ひとつひとつチェックしていきます。
「ふむ？　見つからないわね」
　丁寧に確認しつつも、ねこったーで見たあの不思議な遺物の欠片は、どこにも見当たりません。
　となると、
「プールの底……？」
　桜と言えば水泳部員、泳ぎも潜りもお手のもの。準備運動も済んでおりますし、桜はためらわず、水の中へざぶん！　飛び込みました。
　こぽこぽぷくぷく、水中をずいと見回しますと、たくさんの足がばたばた水を蹴ったり、ゆっくり歩いたり、はたまた仲の良い友人同士で絡み合ったり。楽しむ人たちの表情が目に浮かぶようで、思わずほっこりとしてしまいます。
「！？」
　ごぼぼ！　ねこのまぼろしが再びジャンプをキメてプールの中へ飛び込んできたもので、ちょっとびっくり。
　吐きだしてしまった空気をひとまず水面で補給してから、水中を捜索します。揺らぐ水面の光を投影して、プールの底はまるで海の中のようにゆらゆら、きらきら……となかなかに幻想的な光景ではありつつ、利用客とすれ違ったりぶつからないようすり抜けたりと、なかなかに忙しいものがありました。
　くるり、するりと身をかわし、時に酸素を補給しつつ、底面を探すことしばし。
（……？　見当たらないわね）
　すみずみまで目を凝らしたつもりですけれど、水中にそれらしい物は見つかりませんでした。
（おかしいな。ねこのまぼろしがいるってことは、このへんにあるってことじゃないの？）
　その後、プールサイドも水の中も、もう一度ひととおり探しては見たものの、結局遺物を目にすることはありませんでした。ねこったーの情報は、間違っていたのでしょうか？　なにかほかの条件が重なって、ねこはプールに現れたのでしょうか。桜にはさっぱり、見当もつきません。
　ワケが分からず、探し疲れたしもうあきらめようか……と心が傾きかけた、その時でした。
「まーくん、このオモチャ、もう飽きちゃったの？」
「うん。ぼく、もうそれいらな～い」
「もー、飽きっぽいんだから」
　ふたり連れの、親子でした。プールサイドで、興味なさげにぷいとそっぽを向いた男の子。そして、苦笑いするお母さんの手の中に、
「あ……あったぁ！」
「え？」
　桜はようやく、探し物を見つけました。
　目をぱちくりとしたお母さんへ、桜は勢い込んで尋ねます。
「あ、あの！　それ、どこで見つけました！？」
「これ？」
　陶器の破片か、あるいはなにかの部品。そんなところでしょうか。なんとも奇妙な、それは確かに、ねこだい文明の遺物でありました！
「これ、なんなのかしらね～。この前、息子がウチの庭で見つけてね、気に入ったみたいで。プールにまで持ってきちゃったのよ」
　なるほど、無造作にプールへ落ちているわけではなく、外から持ち込まれたというのが正解であったようです。
　息子さんはもうプールに夢中で、遺物には目もくれません。これはチャンス！　とばかり、桜は畳みかけました。
「あの。実は私、それ、探してたんです！」
「あら、そうだったの？　これってなんの部品なの？」
「あ、いえ、私にも分からないんですけど。探してるねこ……じゃない、人がいるらしくて。良かったら、ゆずってもらえませんか？」
　桜の申し出に、お母さんはこくり、と首をかしげます。もしかしたら、値打ちものなのかしら？　なんて考えているのかもしれません。
　ざっと十秒くらい、まじまじと遺物を見つめて考え込んでいたお母さんでしたけれど、
「ね～ママ～、まだぁー？　ぼく、もうじゅんびうんどーしちゃったよ。入っていーい？」
「ああ、待って待って！　今行くから！」
　早くプールに飛び込みたくてたまらない、ちょっとあぶなっかしい息子さんを気にかける気持ちのほうが、どうやら大きかったようです。
　ぽん、と桜に遺物を手渡すと、
「息子も飽きちゃったみたいだしね。あげるわ。ふふ、値打ちものだといいわね？」
「あ……ありがとうございますー！」
　そんなこんなで、首尾よく遺物をゲット！
　ちらりとこちらを見た男の子に手を振ってみると、彼は抜けた前歯を見せながら、にかっと笑ってくれました。



　結局遺物探しのついでとなってしまいましたけれど、なんだかんだと泳ぐことはできて、それなりに満足した桜。
　遺物も手に入り、満足げな顔を浮かべて、寝子ヶ浜海岸へと足を向けますと。
「さーて、いよいよレオとご対面ね……あ！」
「おや？　いらっしゃい、可憐ニャお嬢さん！　ねこったーを見てくれたのかニャ？」
　浜辺には確かに、ねこったーで見かけたとおり。二本足で立ってしゃべるねこ、レオの姿がありました。
　まわりには同じく彼に協力していたのでしょう、なにかしら異変というといつも見かける面々や、わくわく顔の人々が集まっています。
　桜はふふんっと胸を反らして、
「初めまして、レオ！　探し物はこれよね？　持ってきてあげたわよ」
「おー、それそれ！　恩に着るニャァ、お嬢さん！」
　ふにゃんと笑ったレオの笑顔に、フツウ嫌いもどこへやら。桜も思わず、満面の微笑みを浮かべてしまったのでした。