心の刃を胸に抱き｜リアクション

心の刃を胸に抱き

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どれくらい逃げ回ったのか、幸次は気づけば綺麗に整備されたビルなんかの路地を走っていた。
いつのまにか、シーサイドタウンにまで来ていたらしい。
人目についた時のことを考え、『猫チェンジ』で頭部だけの猫化へと上書き変化。
これなら一般人に見られても仮装でごまかせるかもしれない。
目撃されるなら、せめて同じ状況の誰かと合流したいところなのだけれど――
「うわっ！？」
猫の耳が、鋭く唸る音を捉えた。猫の視界のおかげか、突っ込んでくる殺人ロボットの影がはっきりと見えた。
慌てて引っ込めた頭の上を、ドリルが掠める。すかさずねこじゃらしを振るおうとした時、翡翠色の光を放つ紙がロボットを斬り裂いていた。
「大丈夫か？」
声の方を見ると、そこに居たのは修だった。頁がいくつか千切れた分厚い辞書が、例の光を放っている。
それを見た幸次は、今日一番ほっとしたように思う。猫化した頭から、またたびを摂取した時のような鳴き声が漏れてしまったくらいには。
「ありがとう！　君もあの影に追われて……？」
「いや、俺が襲われたのは一体だけで、それは倒したんだが……このままじゃまずいと思って、テオを探していたんだ。どこに居るか知らないか？」
「ごめん、わかんないなぁ……」
そもそも逃げるのに必死だったので、こればっかりは仕方ない。
「そうか。なら、ここを切り抜けて一緒に探しに――……」
実体化させた「矢」を飛ばして影を牽制する修は、辞書から呼び出した自転車が消滅してしまったたことに気付く。
（乗り物を出しても、そう長くは持たないか）
徒歩で影から逃げながら、テオを探し続けるのは体力的にも厳しいものがある。
周囲の建物に視線を走らせ、修はすぐに作戦を切り替えた。
「あっちだ！」
修が示したのは、鏡面状の窓ガラスが一面に据えられたビルだ。
「え、でもこれだと逃げ場が……」
「こうするのさ！」
魔導書のように辞書を開けば、二人の前に小さな球体が現出した。球体が放つ暖かく柔らかな光は、窓ガラスによって周囲に反射し拡散する。
そうしてできあがった光のフィールドに、影は近づくことすらできないようだった。
「何だいこれ？」
驚いた顔の幸次に、修はニヤリと笑みを返す。
「『太陽』さ。奴らは太陽の光に弱い。あまり長時間は維持できないから、今のうちに蹴散らすぞ！」
適当な武器を――ジャベリン、戦輪といった飛び道具の類を実体化させると、修は光にたじろぐ影めがけて次から次へと投げつける。
「わかった！」
幸次も光のフィールドのギリギリまで駆けて、修の攻撃をかわして体勢の崩れた影をねこじゃらしで斬りつける。
そうやって無心になって振るううち、不意に一筋の涙が頬を伝った。
小学6年生の時の記憶が、蘇る。
家に来たばかりの迷い猫『花見』と遊ぼうと、おもちゃを持ってきた幸次。
けれど花見は老猫だったからか、全く反応しなくて。そのうちに幸次は癇癪を起こして、そのおもちゃを道端に投げ捨ててしまった。
それこそが、今この手の中にあるねこじゃらし。あの時のオレンジ色のねこじゃらしが、幸次の心の武器だったのだ。
それから1年も経たずに花見が死んで、辛くて。
だから思い出と一緒に、ねこじゃらしを使うことも封印していたんだと気付く。
こぼれそうになった声を噛み殺して、幸次は涙を拭って影をにらむ。
「こんなこと思い出したら、なおさら負けられないなぁ！」
ねこじゃらしが、一層強く翡翠を帯びる。

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