屋根模様になにを見るか｜リアクション

屋根模様になにを見るか

　星ヶ丘寮を一歩出た道、天宵川が街路樹の隙間から垣間見える通りを、桜月は慣れた足取りでのんびりと歩く。
　日中の紫外線が今はなりを潜め、代わりに濃紺色のヴェールを纏った星々が煌めく時間。
　日光に弱い陶器のように淡く白い肌も、人のいない月灯りの下で活き活きしている様。
　そのまま何かを掴める気がして、美しく瞬く夜空へ向けて手を伸ばした。
　当然だけれど何も掴めなかった。
　しかし今夜の月は諦め難い衝動湧くのを感じれば、もっと高い場所なら……そんな気持ちを抱く。
　――　屋根に上ってみようか？
　浮かんだ言葉に、いやいや駄目だろうと慌てて首を振り否定しようとするも、思いついた言葉は鮮明に脳裏にこびりついて。

「……バレなきゃ大丈夫だよね？　静かに動くし」

　そう唇を動かしてみれば、勇気を得たのかもう体は行動し出していた。
　出ろ、と念じた瞬間、月の影が揺らいだかと思うと彼女の正面へ持ち上がり立体化される。
　――　……この間のお祭りのように、夜の時間も一緒に居られたら良かったんだけど。
　目の前の影に、愛しい人の顔が重なった。
　とはいえ、早々こういった時間まで共にいられるのは難しいのだと月も分かってはいる。
　寂しさを誤魔化すようにして、影をいざなって近場の家の屋根へと向かった。

　最後の足場から身体を持ち上げたところで、大きなバストが邪魔をして上半身が思うように屋根に上がらないのを影に手伝ってもらいながら。
　ようやくタイル梁の平たいそこへ両の足で立つと、『わ……』と思わず声が漏れた。
　視界を遮る高い建物が少ないからか、ほとんど影の無い屋根たちが夜空からの光を帯びて、地上の上にもう一つの大地を広げているようで。
　――　誰も見ていないよね？
　そのまま静かに歩き出したかと思えば、再び自身の影に手を引いてもらいつつ月は屋根から屋根へと飛び移ってみる。
　決して太陽が出ている時間では出来ないであろう事。
　ドキドキとずっと鼓動がやまないのは、きっと悪いことをしている自覚があるから。
　だからこその高鳴りだから。
　――　お祖父さま、お祖母さま月は悪い子になってしまいました。
　心の内で懺悔の如く呟いたものの、浮かぶ祖父母の顔は微笑ましく見守る表情であれば、月も沈むどころか頬を紅潮させ笑顔になった。

　空がいつもより近い！　
　何度も星を掴むように両手を伸ばしながら、音を立てないよう控えめながらも楽しくステップを踏む足。
　その度、何か閃いたように屋根の上に置いたノートへ戻って、感じたままをそこへ描いていく。
　今の気持ちをイメージし、デザインとして後々形に出来るように。
　違う屋根のデザインへ移る毎に、そうして月のノートは埋まっていった。

　月夜の屋根散歩、最後には星ヶ丘寮の自身の部屋の上へと辿り着いて。
　名残り惜しむように星空を見上げた。
　遥か遠い遠い、薔薇星雲の如き瞳の中に映り込む深い闇と小さな煌めきたち。
　ずっと見つめていると吸い込まれ落ちてしまいそうなそこに、今日を振り返り明日を想う。
　決して同じ日は訪れない日々。同じように、決して同じデザインたちは無い。
　今夜感じた事もその大切な１ページ。
　――　明日はどんな気持ちに出会えるかな？
　共有できる人の存在が傍にあってくれれば、尚嬉しいけれど。
　自身の隣りに、全く同じ姿勢で座る影へと視線やれば小さく微笑んだ。
　今夜のデザインに直に触れられる時を想像しながら、月はもう暫くこの一時を屋根の上で堪能するのだった。

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