『柊の湯』、マナーを守ってご利用下さい！｜リアクション

『柊の湯』、マナーを守ってご利用下さい！

数分前。
修が中へ入ると、竹製の網籠に入った温泉卵を持った真斗と遭遇した。
「い、いらっしゃいませ。今、湯場は」
　何やらただ事ではない様子だ。
「何かあったのか？　力になれるかもしれない」
「あ……」
　修がもう一押しすると、おずおずと状況を説明してくれた。
「なるほど、俺も協力しよう」
　修は真斗と一緒に湯場へ向かうことにした。

　真斗と修が足湯場に駆け込むと、豪と、それから一緒にいた二人の女の子が驚いた様子で真斗達を見た。
「お待たせしました。あの、何をしてるんですか？」
「いや、説得を。それよりも。一般客かと思ったぜ」
　豪はとりあえず腕から女の子達を下ろした。
「この子達はわかってくれたんだが、他は変わらずだ」
　確かに、相変わらず湯場を駆け回る女の子達である。
　と、そこで豪は修に気づいた。
「あれ？　八神か」
「！　龍目先輩」
　二人は探検部の先輩後輩なのだ。お互い、ここで顔を合わせるとは思わなかった。
「なんで、ここに？　いや、今はこの問題を解決するのが先だな！」
　修も同意して頷く。それから足湯場の惨状を見渡す。
「これはまた騒がしいな」
　修が思わず呟く。話し合いの結果、協力して彼女達をどうにかしようということになった。
　真斗は例の作戦を修にも伝える。
「それでゆで卵か」
「はい、気を引いて、リーダーの子を見つけます」
　そんな会話を聞いた女の子達が目を輝かせる。
「何？　何するの？」
「遊ぶのー？」
　豪は慌てる。
「い、いや、そうじゃない。悪りぃ、とりあえずこの子達は湯場から遠ざけておく。後は頼む」
　せっかく説得したのに再び仲間に入ってしまったら大変だ。
「そうですね。一緒にお茶でも飲んでいて下さい」
　修の言葉に頷いた豪は二人を連れて入り口の方へ。
　問題は残りの女の子達だ。真斗は深呼吸をしてから、
「君達、温泉卵はどうですか？」
　精一杯声を張り上げて、ザルの中の温泉卵を見せる。
　すると、女の子達は一斉に集まってきた。
「おんせんたまごって何！？」
「おいしいのー？」
　それでも興味を示したのは数人で、遊び続けている子達もいる。どうやら性格も様々のようだ。
「あの子達は俺に任せてくれ」
「はい。お願いします」
　修は未だに遊んでいる女の子達に近づいた。
　しかし、いきなりお湯をかけられてしまう。
「！」
「きゃはは」
　指を差して笑う彼女達。修は気にせずズボンをまくり、腰を下ろして足を湯につける。
「お邪魔するよ」
　そう断ると、イタズラに動じない修に対し首を傾げる。
「ところで虎丸君という猫を見なかったかな？」
　修はボールを取り出して、ポーンと放る。
「わわっ、ボール！」
「わーい、弾むー！」
　予想通り、女の子達はボールに食いついたようだ。
　楽しそうに追いかけまわしている。
　とりあえず、ここから連れ出した方が良さそうだ。
　ボールを掴んだ子に向かって、声を掛ける。
「キャッチボールだ。俺に投げてくれ」
「えっと、こう？」
　経験がないにしてはコントロールが良い。キャッチした修は別の子に投げ渡す。
「わあっ！」
　遊びを理解したようだ。次から次へとボールを回していく。キャッチボールをしつつ、足湯の外へと彼女達を誘導した。
　足湯場の裏手の広い空間へ連れて来たところで、近くにいた子を抱き上げる。
「わ！？」
「君がリーダーだろう？」
「……」
　修は笑って、女の子を肩車する。
「わ、たかーい！」
　途端に楽しそうに、足をばたばたさせた。周りの子達も集まってきた。
「いいなあ」
「お兄ちゃん、わたしも！」
「ずるいよぉ」
「順番にな。その代わり、足湯ではゆっくり浸かるんだ。のんびり過ごそう」
「んーわかった。でも約束だよ？」
「もちろんだ」
　修は彼女達を連れて、足湯場へ戻ることにした。

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