FEAR THE FORCE：夢幻泡影｜リアクション

FEAR THE FORCE：夢幻泡影

　助かった、七枷陣と芋煮紅美は、はーっと息を吐いて座り込んだ。
　路地裏。彼らの目の前では、あれだけ凶暴だったテオバルーンが、まるで魂が抜けたようにごろりと転がっている。触れても蹴っても、決して反応することはない。
　口々に礼を言うふたりに、いいってことよ、と豊田華露蘿は笑った。
「なあに、むしろ助けが遅くなってごめんね、って気持ちだし」
　ペン型テオ操作器をハンドバッグにしまうと、あー、でも、と華露蘿は夜空を見上げる。
「もうすぐ終わりだね」
　時計を確認しても、まだ朝までずいぶんと時間があるとわかった。
　だけどもう、東の空から明け始めている。明け切ったらこの世界も終わりだ、そんな気がした。たぶん、勘違いではなく。
　じゃあね、と手を振って華露蘿はそこから立ち去る。若い二人（？）の邪魔をするのもなんだし、と思ったのもある。
　この世界がもつのもあとせいぜい、体感で一時間くらいだと思ったこともある。
　異世界に残った時間は、お気に入りの場所で過ごそう。
　いまから『プロムナード』に戻ってもいいだろう。夕顔さんや恋々とおしゃべりして過ごしてもいい。
　でもやっぱり、泰子の部屋におしかけて、よもやま話で明かすほうがいいかもしれない。
　互いにこの立場で会えるのは、もうこれが最後だろうから。
　
　陣と紅美はコンビニのイートインコーナーに入った。
　紅美が「喉渇いた」と言ったからだ。実際、疲れていたし喫茶店に入るほどの金もないのでちょうどよかった。
「もうすぐこの世界終わっちゃうわけよね、なんかすごくない？」
　体に悪そうなコーラのキャップをひねって紅美が言う。
「なにがすごいんだよ」
　陣はカップのコーヒー、お供はもちろんチョコ棒菓子だ。
「あと、いざ終わっちゃうと思うと、それはそれで寂しいというかー」
「別に寂しかないよ。とっとと元に戻りたい。元の世界にはやりかけのゲームもあるし」
「あっそ」
「ああ」
　十秒ほど無言が続いた。だが急に、
「あ、いや、別に紅が彼女なのが嫌だから戻りたいわけじゃないからね？」
　思いだしたように陣は付け加えたのである。
「僕は君の知ってる、君が彼氏にしたいって思った『七枷陣』じゃないから。それを無視して一緒にいるのは、なんて言うか……君に対して誠実じゃないやろう、常識的に考えて？」
「別にいちいち説明しなくていいんですけど」
　くれとも言わずチョコ菓子を取り、口にくわえて紅美は横を向いた。
「じゃああんたは、さっきのベタベタ甘えてくるあたしみたいなのが好みなの？」
「いやーないわー、あんなデレデレ想像もつかんわー。今のほうがよっぽど……」
　うん？　と紅美は首だけ傾けた。
「今のほうがよっぽど、何？」
「良い……けど、まあ、せいぜい悪友として、という意味やで……多分」
「ふーん」
　再度、何秒か無言が続いた。だがまた急に、
「さっきはあたし……ちょっとキモイキモイって言い過ぎたかも。ごめん」
　そこまでキモいわけじゃなかったから、と小さな声で紅美は言ったのだった。

◆◆◆

　公邸から出たところで、空の明るさに八神修は眼を細める。
　――香川たちの説明によれば、これって野々が目ざめたってことだよな。
　消えていく。
　アムリタの世界が。
　それにしても、新婚生活か。
　修は薄笑みを浮かべた。
　楽しかったのは事実だ。
　ちょっとだけ、香川に感謝……だな。