FEAR THE FORCE：夢幻泡影｜リアクション

FEAR THE FORCE：夢幻泡影

　王珠が乗ったほうの手が、香川を引っ張り小舟のエンジンに向かわせている。
　香川は抵抗しているが、もはやその力は尽きかけており、王珠に引きずられていた。
　王珠の上に、足が置かれた。
　猫の足だ。それも前足である。
　状況が状況ならボールにたわむれる猫、という絵になる光景であろうか。
　だがもちろんそんな場面ではない。
『おい、小僧ども』
　そもそも猫が可愛くない。殺気に満ちた眼で、王珠を見おろしている。
『世界の改変や調整は俺の領分だ。素人が勝手に手を出すんじゃねぇ！』
　テオドロス･バルツの一喝に恐れをなしたか。
　血に染まった香川の手から水晶球が滑った。
　宙に舞う。ありえないほど高く。
　だんっ、と船縁を蹴って追うのは御剣刀だ。
　跳んだ。まだ抜刀しない。
　香川が叫ぶ。
「御剣刀君か、よせ！　あれは君の攻撃を君自身に返す……！」
　刀は瞬時、香川に視線を落とした。
　香川、あんたは自分の望みを叶えるために動いてことを成した。
　そこは素直に凄いと思う、称賛する。
　俺もあんたのように、自分の望みを叶えよう。
　――アムリタを壊し、俺のフツウを取り戻す。
　ガチン！　と、撃鉄が落ちるイメージを脳内に走らせる。
　空を足場にしてもう一段、跳ぶ。加速する。
　右手で抜刀した。
　だが瞬時に両手で柄を握ると、
　一か八か、自分の腹に切っ先を突き立てたのだ。
　剣尖が貫いたのは王珠のほうだった。
　見事、真っ二つに斬り下げている。
　小舟に刀が着地すると同時に、紫色の王珠は微塵となり、海や船縁に降り注いだ。
「攻撃が跳ね返ることは知っていた。痛い眼にも遭ったしな。だから逆をやったまでだ」
　ドクトル、と呼びかけて、刀は香川に手をさしのべる。
「あんたは本物だった。だから俺は敬意を表す」
　すでに蟲の姿は消えている。すべて、王珠とともに終わったのだ。
　立ち上がった香川のもとに、桜庭円が顔を見せる。
「聞いたよ、香川さん。だいたいのこと。……まず一発殴らせて」
　と言って、円はグーの手を香川の頬に優しく当てたのである。
「結局さ、僕思うんだけど、悪かった出来事を本当に悪かったと思い込んでしまってるのが問題なんじゃないかな。香川さんに関しては、否定をばねに成長し、この高みに来たことを忘れてたよね。受けてきた否定も全部、香川さんにとっては必要な事だったとは思えないかい？」
　そりゃあ僕だって、もっともっとと欲をかけばきりないけど、と円は言う。
「理想ではなかった人生でもさ、不必要なことはないんだよ。すべてにおいて意味はある……そゆこと」
　ドクトル香川は何も言わず、うなだれるだけだった。
「あと心配なのは、弟さんのことだよねえ」
　と言った円の肩を、ちょいちょいと海がつついた。
　スケッチブックを見せる。船の絵がある。
「船？」
　あっ、と円は声を上げた。
　段ボール製の船が、すーっと音もなく運河を流れてくるのだった。
　とても大きい。四人ほど人間が乗っている。
　鬼河内萌と佐藤英二、志波武道だ。英二に支えられるようにして、自分の弟、道太郎が弱々しく笑っていることに気付くと、香川王堂は亀のようにその場にうずくまり動かなくなった。
　王堂はなにかしゃべっているようだったが、おおむね嗚咽にしか聞こえなかった。