仮のちぎりを　いかで結ばん｜リアクション

仮のちぎりを　いかで結ばん

　新井すばるとブリジット・アーチャーは、ちょっとした日曜大工に取り掛かる。もちろん武治には了承済みだ。ブリジットがサイズを確認し、すばるが小型ノコで切断して釘を打ち、小さな薄型のすのこを作った。ちょうどシンクのふちにはめ込むことができるサイズだ。その上に吸水シートとスポンジ材を敷く。
「こうしておけば、水の始末が楽でしょう。流れる水はそのまま排水溝に落ちるわ。ちぎりの動ける時間も延びるし、用務員さんの負担も減るはずよ」
ブリジットは自分のこしらえたものに満足なようだった。
「一週間しか使えないかもしれないけど……いいの？」
すばるはタイムリミットについて、あらかじめ知っていた。受験を控えた三年生や、一部の教師からは厳しい意見が出ていること。ここにちぎりを置いておけるのは、一週間が限界であるということ。
「いいのよ。その後どうなるかはともかく、一週間ちぎりも、この部屋も、水浸しって言うわけにいかないでしょ？」
そう答えるブリジットには、迷いなど見られない。どんな時でも、たとえそれが少々ずれていたとしても、いつも堂々とベストを尽くす。すばるが心から尊敬し好意を抱き続けてきた少女の特質は変わることがなかった。
「さすがだね。ボクなんて、水きれいだし流しそうめん屋さんが開けるなとか、ホタルを幼虫からじっくり飼育できる施設が作れるなーぐらいしか考え付かなかったよ。利用することしか考えてなかったなんて、ダメだよね。ブリジットさんはなんだかんだ言って、優しいよ」
「やっ、やだ、そんな……って、なんだかんだってどういう意味なの!?」
毅然としていたブリジットの顔は、一瞬にして照れたような顔、そして怒り顔に変わっていく。いつもの調子ですばるをにらみつける青い目の魅力は尽きることがない。
（参ったな。ううん、本当はぜんぜん困ってなんかない。ブリジットさんはこうでなくちゃね）
「すばる！　言いたいことがあるならはっきりおっしゃい！」
このまま付き合いが長くなれば、お互いの心の内さえのぞけてしまいそうで。すばるはいつもの困ったような笑いを浮かべて、その場の雰囲気と――自分の気持ちを、ごまかした。

「ちぎりん、このままではかわいそう過ぎるのだ！　体を治すことも大事だけど、みんなに愛される工夫みたいな運動があってもいいはずなのだー！」
　後木真央もまた、幼いカラスの将来に心を配る生徒の一人であったが、そのアプローチは彼女独特のものであった。
『ちぎりんでもちぎりっちでもちぎらーでもいいのだ！　みんなでもと妖怪ちゃんのちぎりちゃんの愛称を考えてみないのだ？』
絶えず誰かのつぶやきやちょっとした話題が流れ続ける『ねこったー』に、真央はこう投稿する。誰の弁当がうまそうだの、今の日本は腐ってるだのといった話題で、たちまち真央のポストは流れて行ってしまった。
「むむうううう！　なら、真央ちゃんがもう『ちぎりん』に決定しちゃうのだ！！！」
真央は憤慨する。そしてはあっとため息をついた。
「真央ちゃんの周りはそうでもないけど……みんなカラスのことなんてもう気にしてないのだ……」
ちぎりは生きているのに、その存在は学内で早くも風化しようとしている。それで済むならまだいいが、勝手に用務員室に居座る悪者扱いをする人間も増え始めていた。
「明日のちぎり会議に出て、話し合いに参加すれば、何か見えてくるのかもしれないのだ」
真央は、彼女らしくないため息をつく。と、小さなアラート音がして、返信を知らせる。真央は期待いっぱいに携帯の画面をのぞいた。
『ちぎちぎとかどう？』
「そんなかわいくない名前、許さんのだー！」