仮のちぎりを　いかで結ばん｜リアクション

仮のちぎりを　いかで結ばん

「あれあれ、どうしたんだい。アーチャーさんと新井くん」
　困惑した様子の用務員さん、長南武治の目の前には、ブリジット・アーチャーと新井すばるがいた。二人はホームセンターの袋を持っている。中にはスポンジや角材などが入っていた。
「今日のちぎりの昼のお世話はボクたちがしますよ。チョーさんはこれからお昼の作業ですよね？」
「ゆっくりやって来てください。こっちは大丈夫ですから」
と、ブリジットが優雅な笑みを見せる。

「ふうん……この子が、トレペちぎりの正体なのね」
　ブリジットは、壁に貼られたカラスの写真と絵をしげしげと眺める。それから、バケツにちんまりと収まった子ガラスに向き合った。たいていの人間がちぎりにかける声といえば、「かわいそう」か「かわいいね」であったのだが、ブリジットの言葉はまったく違うものだった。
「まさか鳥だとはね……」
遠くを見やり、過ぎ去りし日を思ってふっと笑う。
「おびき寄せるために部室に便座まで用意したわね。夜通し、すばると二人でじっと待ったわね。今はもう、すべてが懐かしい……」
事件解決のためにブリジットが調達した高級オートマチック便座は新井家のものとなった。トイレが最新型となったことは喜ばしいが、設置工事費が別途必要となったことは、ここでこっそり明かしておきたい。
「うん、まあ……懐かしいね。家でトイレ行くたびにボクは思い出してるけどね……」
「そういえばここって明日、会議の場になるのでしょ？」
道具を取り出しながらブリジットが問う。
「うん、アルナイ……っとっと、生物部部長から聞いたんだけど、ちぎり会議って言うのをやるみたい」
「野鳥だものね……私たちは参加しなくても？」
「大丈夫だよ。みんないい方向に持って行こうとしてるみたいだから」
「そうね。それじゃ、私たちは私たちのペースでやっていきましょ」
にっこりと笑い、ブリジットが手にしたのはマヨネーズのチューブだった。

「栄養を補うなら、やっぱりこれよ！　、安心と実績の万能食品マヨネーズ」
「え？　カラスに？」
「日本人が大好きな自然派・卵黄たっぷりタイプよ！　サバイバルフードにもなるんだから」
鳥もこういうの好きらしいわよ、人間とのサイズの差を考慮してカロリー控えめにしたけど……と、ブリジットの講釈は続く。こういう時の彼女は、とても楽しそうに話すのだ。話は長いし、止める方法もさっぱり見つからないが、すばるはこんなブリジットを見ているのが好きだった。
「どうしたのよ？　黙っていられちゃ調子狂うわ」
「ああ、ゴメンゴメン……容器からちゅぱちゅぱしたらかわいいだろうね、あはは」
君を見つめていたんだ、とは言えなくて、すばるはただ笑う。ブリジットは小皿にマヨネーズを少し搾り出した。
「あ、お皿でやるんだ……」
「当たり前でしょ。チューブ一本あげたら大変よ」
ちぎりは背をぴんと伸ばし、期待を込めてブリジットと小皿を見比べている。
「ほーらちぎり、食べてごらんなさい。卵・油・塩、すなわちたんぱく質、脂質、ナトリウム。全部あなたの成長を助けるものよ」
「三大栄養素としては炭水化物が抜けてるよね」
「いいのよ！」
ブリジットはすばるの無粋な突っ込みを跳ね除け、ちぎりに小皿を差し出した。一口味わうと、思いのほか気に入ったのか、くちばしをねっとりとした半固体に突っ込む。
「へえ……本当に食べるんだねぇ」
「ね？　動物は効率のいいエネルギー源を自然と好むのよ。さ、今のうちに。私たちのできること、果たしちゃいましょ」