仮のちぎりを　いかで結ばん｜リアクション

仮のちぎりを　いかで結ばん

　用務員室を飛び出した大田原いいなは、町役場に電話した。野鳥の保護について尋ねる。最初は耳を傾けてくれた係員も、鳥の種類がカラスだと知ると、とたんにそっけない態度に変わった。あげくの果てには、県の環境調整課に聞けと電話を切られてしまった。
「わかっていたことじゃが、厳しいの……」
カラスは保護対象どころか、駆除や狩猟の対象とされている。街にとっては害鳥なのだ。
「いや待て。狩猟で捕獲したことにすればどうじゃ」
ちぎりには学校を荒らしたという『被害の実績』がある。これを学校側が重く見て、猟で捕らえたことにすればよい。そのためには狩猟の許可が必要だった。いいなは再び奮い立ち、県の管轄に電話をかける。
「あー、もしもし……狩猟許可はどうやって取ればよいか、教えてもらえぬか？」
「狩猟免許試験ですか？　神奈川県のホームページに案内と試験のお知らせがありますので、そちらをご覧ください」
どれどれ、といいなはホームページにアクセスをする。
「なん……じゃと……」

試験を受験することができるのは、神奈川県内に住所を有し、次のいずれにも該当しない方です。
(1) 狩猟免許試験の実施日に20歳に満たない方
……（以下略）

しかも狩猟の許可期間は秋から冬。いずれにしてもこの言い訳も使えない。
（このままではカラスは保護できん。通報されたらおしまいじゃ。我らの力ではどうにもできんというのか？）

　悶々としたまま、いいなはふらりと用務員室に戻る。
「あー！　いいなさん！　さっきはどうしたの!?」
雨崎荒太郎がいいなを見止めて立ち上がった。
「こいつの保護をと思い、役所に問い合わせてみたのだがな。だめじゃった。早くも八方ふさがりじゃな」
いいなは洗車拭き上げ用のタオルを取り出した。雑に巻かれたタオルを取り去り、ちぎりの体を拭いてやる。
「またすぐ、濡れちゃうよー？」
「……いいんじゃ。少しでも楽になるなら拭いてやらんとな」
ちぎりは黙っていいなに体を預けている。授業があるから先に行くという荒太郎を送ると、いいなは静かに物言わぬ鳥に話しかけた。
「やい、ちぎりよ……お前も儂と一緒じゃの。いらん力を与えられ、自由に動くことも許されぬ……」
青い瞳がじっといいなを見つめていた。
「……飛びたいじゃろうの……大空へ……」
飛べない鳥は、どんな思いを抱くのだろうか。それを思いやることも、自分の身の上に重ねてみることも、いいなにとっては辛いことだった。

　先に用務員室を出た荒太郎に、すっと並ぶ人影がある。猫鳴館の新たなる自治会長、邪衣士であった。
「つかさくん、今日見に来るんじゃなかったのー？　カラス」
「悪ぃ。今日は、忘れてた」
授業開始の時間も近い。荒太郎と士は足早に進む。
「雨崎。あれ、どう思う？」
「ぜんぜん、変わりなしだねー。壊れた蛇口みたいで、何が悪いのかさっぱりだよー」
「ふうむ……神魂を取り出せれば早いんだが」
（……そして、俺がその神魂をちょうだいできればいいんだが）
一見普通の会話の裏で、士が考えていたのはとんでもないことだった。ひとつ以上の神魂を取り込むと、もれいびはどうなるのか？　誰も答えを見つけたことがない疑問の答えを探す。それは単純に、野望と言ってもいい。
（神魂についてはわからないことが多すぎる。元はひとつの形で、神の中に存在していたもの……。俺たちの中に宿っているのは、そのほんの欠片に過ぎない）
試してみるか。士はひそかに決意する。