【星幽塔】第一階層　にじり寄る蛇影｜リアクション

【星幽塔】第一階層　にじり寄る蛇影

　緑の鱗を持ち、毒の息を吐く第五の首。その毒素は風に吹かれて散り、宙に消えていくほど弱いもの。しかし吸い込めば確実に敵を蝕む恐ろしいものである。その首に、弥逢遊琳は一人で立ち向かっていた。
　彼の持つ小ぶりな箒に宿った魔風の力が、ふうわりとハイドラの毒素を包み、ある時はハイドラ自身に跳ね返り、ある時は誰もいない場所でシャボン玉のように弾ける。彼の魔法はそれだけではない。

「……っと」

　踊るように首の噛みつきを避け、跳ね起きた風を弾丸のように繰り出す。それが固い鱗に当たると、ピシピシと音を立てた。

（微睡みを奪えば僕と【睡蓮】流の風魔法は出来上がる……けど）

　ちらり、とハイドラを見て遊琳は溜息を吐く。

（一人じゃ厳しいか）

　一人で立ち向かうには、やはりハイドラは大きすぎる。

　決定打には至らないまま、避け、跳ね返し、毒素を退け、と、そのループが途切れたのは、第二の首が落とされ、他の首も連鎖的に落ちてからだった。第二の首に当たっていた面々や、リリエルのようにまだ余力のある者がこちらに回り込んでくる。

「残る首は、これだけみたいだね」

　遊琳はそう呟き、ハイドラを見上げた。ハイドラ最後の首は、頭を必死に動かして、リリエルのかまいたちや、ミハイルの狙撃に抵抗している。

「よく頑張ったな」
「手伝います」

　ベルラとシーナが剣を構えてこう言い、遊琳の前に立った。遊琳はそれを心強く思いながら、箒の柄をより強く握りしめた。

「大丈夫。僕はまだやれるよ」

　その言葉は虚勢などでは決してなく、その証拠に彼の瞳には強い意志が漲っている。

「さて、もうひと踏ん張りしようか」

　遊琳の前ではシーナが踊るようにハイドラの攻撃を避け、また、ベルラがミハイルの狙撃で凍り付いた鱗の上に斬撃を加える。そしてその傷の上を、シーナの剣が滑った。ハイドラは四方八方から攻撃を受けて悲鳴のような鳴き声を上げたが、やがてその口をベルラたちに向け、毒の息を吹きかける。

（毒なんて恐れてられないね）

　遊琳はその毒の息を先程のように魔風の力でふうわりと包み込み、ハイドラへ弾き返した。明らかに消耗しつつあるハイドラの様子を誰かが感じ取ったか、

「あとちょっとです！」

　という声が聞こえる。遊琳はその声を聞くと箒『睡蓮』の特殊効果を使い、周囲の空気から微睡を奪うと、それを風に乗せてハイドラに当てた。集められた眠気を分け与えられたハイドラは動きを鈍らせ、やがて斬首を待つ罪人のように、その場に項垂れた。

「これで終いだ」

　その言葉とともに、ベルラの剣とシーナの剣が、ハイドラの首を斬りつける。傷だらけの首はその一撃で脆くも千切れ、胴体と分かれて地に堕ちる。赤、白、青、紫、緑の首が畑にバラバラに落ちている様は異様であった。しかし、どの首も再生する様子はない。

「勝った！」
「勝ったぞー！！！」
「やった……やったんだ……！！」
「ありがとう……ありがとうございます……」

　緊張した空気が兵士の上げる喜びの声で一気に明るくなっていく。それにある者は安堵のの表情を浮かべ、中には微笑を向ける者もいる。畑には爽やかな風が吹き、陽は燦々と作物や人々を照らしていた。終わった。あの大蛇との戦いは、終わったのだ。

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