夜のひとときを……｜リアクション

夜のひとときを……

【心の中に思うもの】

　景貴は出された食べ物や酒にそれぞれ驚嘆しながら黙々と欲求を満たしていた。
（注文したものが揃ってブランデーを飲み始めたら、ついお菓子の事を考えてしまいそうだなー……と思っていたけど）
　そう思いつつ、すでに脳のどこかでいつも作るお菓子のことを考えている。
（このブランデーの風味なら、こういうお菓子の生地に合うだろうな……。ははは……。一種の職業病に近いのかな、これは……）
　昼間は洋菓子店でお菓子を作っている景貴にとって、他の人の作ったものに触れるということはある意味新鮮な時間でもあった。
　景貴とは別に言葉に出さず心の中で思うものがまた、すぐ近くのカウンター席にいる。
「……マスター……おかわり……」
　そう言って新しい酒を受け取ったのは青島椿……一見すれば鋭利な美人に見える彼女は、今日も疲れを癒すため酒をクールに飲んでいる……ように見えた。
（「支店長はいつ結婚するんですか？！」って知るかぁぁぁ！！！　それは私が聞きたいわ！）
　その言葉を言った部下の顔を浮かべながら思いつく限りの罵倒をその相手に浴びせる。
　表は星ヶ丘にあるとある店の支店長、裏の顔は【鬼椿】という暗殺者らしいのだが、ここで酒に溺れている彼女は紛れもない【青島椿】という一個人であった。
（働き続けて早二〇年……青春？　恋愛？　仕事人の私にほぼ出会いなどないし、稀有だった出会いも見過ごした私に隙はない！）
　脳内で開き直っているというよりも、まるで自分に言い聞かせているようだ。
　そうこう考えている間にまた酒を飲み干し新しいのを頼む。
（仕事のストレスで胃痛はするし、さらしで隠している胸のせいで肩こりひどいわでコスプレも最近めっきりできてないし……癒しと出会いが欲しい！！）
　盛大に本音を脳内でぶちまけつつ、何でも無いように酒を飲んでいる。
　そんな自分の問題は、自分自身でも分かっていて。
（このそっけなさのせいで出会いも『仕事できるそうだけどなんか怖い人』どまりなのよ）
　そう思ってしまう。
　といっても、ここのマスターも給仕もよくそんな自分の話を聞いてくれる。
「……虚しい……出会いたい」
　小さいが、はっきりとその言葉は口について出た。
　だがしかし、ピアノの音に紛れてその言葉はバーの中に紛れていった……。
　仕事のことを考えると憂鬱だったが、今はこのバーでゆっくりと過ごしたい。
　そう言う意味ではここは十分彼女の場所でもあった。