夜のひとときを……｜リアクション

夜のひとときを……

【再びカウンター】

「マスター、一杯いいですか？」
　良いも何もそういう店だよというように、マスターは顔を上げてそちらを見た。
　高久、景貴と続いて座ったのは磴琥珀である。
「やぁ、どうも」
　と挨拶をしながら景貴の隣に座る。
　景貴も挨拶を返しつつ思考の波に沈んでいる。
　高久はなんとなく周囲の会話に耳をそばだてていたが、おつかれさんと軽く挨拶を返した。
「何が良いかですって？　そうですねマスターのお任せでお願いしましょう」
　琥珀はマスターにそう返しつつ椅子に座る。
　少しだけ木の椅子が悲鳴を上げた、まぁそれはこの店ではいつものことなのだが。
　しばしマスターがシェイクをする。
　やがてトム・コリンズの淡い白色が琥珀をうっすら透けて映した。
「おっと、こちらに邪魔するよ」
　そう言って、琥珀の隣に座ったのは平安京成来良だ。
　何とも奇妙なことに、左の端から高久、景貴、琥珀、京成来良という並びになっている。
　カウンターは十分広いのだが、席の間にもゆとりがあるため詰めて座っても十分スペースが確保されている。
　結果的にそこで男四人が並ぶ結果となった。
　ただ、それだけである。
「スカイダイビングを」
　マスターが京成来良の言葉に無愛想に頷くと、ラム酒を取り出した。
　スカイダイビングはラム酒をベースにしたカクテルである。
　しばし、京成来良が待っていると鮮やかなブルーの色彩のカクテルが置かれた。
　このカクテルにはブルー・キュラソーが使われており、他の材料は基本的に無色であることから鮮やかなブルーに仕上がるのだ。
　そうして、琥珀も京成来良もこうしてそれぞれ自分の時間に没頭していった。
「長いことこの島に居ますが、外からのお客さんも徐々に増えてきましたね。外にはあまり行かないので沢山のお話しを聞けるとありがたいです」
　ふと、琥珀がそんなことをつぶやく。
「あぁ、私のことですか？　石や･･････じゃなかった、パワーストーンショップ『幸』の店長代理です」
　マスターの視線に返すように琥珀はそう返しつつ、困ったようにつぶやいた。
「妖しいものではないんですけどね･･････」
　そんな風に、そんな風に･･････。
　その隣では、スカイダイビングを飲みつつ、京成来良が思考にふけっている。
（彼らはどうしてこの店に来たんだろう）
　今日は夜の街でちょっとした贅沢をしたいという目的の京成来良にとって、この店の雰囲気は当たりだと感じた。
「マスター、いきなりですが僕は平穏が大好きです」
　ふむ、マスターは聞いている。
「繰り返される、何一つ変化のない退屈で平穏な日々。そういうのはなんでもウェルカム、そのためなら人生の主役になることすら放棄したっていい」
　そうして、杯を重ねる京成来良。
「この店もそうなんじゃないかなって思うんです。街角にひっそりと佇み、ほんの少しだけ日々を忘れたい人々を受け入れる。それによって与えられる人生の安堵と平穏･･････、それこそがここの役割であり、日常であり、永遠に変わらない平穏･･････違いますか？」
　すっと京成来良はマスターと目を合わせた。
　しかし、その慈愛の光をたたえるようなマスターの思考はまったく読めない。
「……どうにも取り留めがなくなってきましたね。久々のアルコールに酔っちゃいましたかね？」
　そういって、京成来良はさらに酒を飲むのであった。

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