夜のひとときを……｜リアクション

夜のひとときを……

【年というもの】

　日月透は大学の後輩である仁科宝良と四人用テーブルを占拠しつつ、宝良の話に耳を傾けていた。
　近くでなにやら二〇歳未満がどうこうという声が聞こえたがそんなことは気にならない。
　テーブルの透側にはキープしていたスコッチ・ウイスキーがハイボールとなって出されている。
　枝付きレーズンとチーズをつまみにしつつ、話を聞いている。
　一方、宝良は次々とウォッカやバーボン……いわゆる強い酒を飲みながらべらべらとしゃべっている。
　つまみは時折透の皿から盗むようだが、チェイサーは無い。
「一人ならともかく野郎二人で黙って黙々と酒飲んでんのも気味悪ぃぞ先輩」
「そうですかね？」
　少し酔いが回って、口が軽くなったのか、宝良が透に絡み始める。
　俺としちゃ酒が飲めりゃそれではいいがよ、と言いつつも宝良喋り始める。
「そういや俺んとこにバイトが何人か入ってな」
「ふむ」
　透はゆっくりと相づちを打ちながら聞いている。
「可愛くねえ天才肌と、どうにも喧しいガキ、それにやる気だけはある時計好き。ウチの店も賑やかになったもんだ。ま、悪かねえけどな」
「はぁ、君も苦労するようになったんですねぇ」
（昔は専ら苦労かける方でしたのに。というか現在進行中ですよね）
　そう続く言葉を透は飲み込んだ。
　しゃべるうちに酔いが回ってきたのか宝良少し顔を赤らめつつしゃべる。
　透はそのまま話を聞いている。
「ガキの頃に色んな経験しときゃそれは何かしらの形で役に立つだろ。それにガキの頃しかできねえこともすんには金もいる。それを稼ぐ機会やんのも俺ら中年の役割ってもんじゃねえか」
「中年と言うほど、年をとってはいませんよ？」
　宝良は、透にそう返されて苦笑し、透は大きなため息をついた。
　まぁ、そう言わずと宝良は続ける。
「歳くってから変わるのは難しいが若けえうちはいくらでもそれができる。あんたも俺も、そうだったんじゃねえか？」
「――そう、かもしれませんね」
　そういえばと、ここのところたばこを吸う量が多くなったかもしれない。
　透は返答しながら、宝良は、喋りながらなんとなくそう思う。
「……つまんねえ話しちまったな。歳くうとどうにも口煩くなっちまっていけねぇ。あんたの方はどうなんだよ、仕事は順調なのか？」
　獣医ってのも大変なもんだろと言いつつ、水を向ける宝良。
　透は、つまみが切れたのを残念に思いつつ、一言だけ言った。
「強いて言うなら、ままならない。といったところでしょうか？」
「ままならないね……ほんと、どうしようもねえなぁ」
　ままならねぇなぁと、何度もつぶやきながら宝良ゆっくりと声を小さくしていく。
「おや、もう潰れてしまったんですか。……しょうがないですね、全く」
　透はそう言いつつも結局は自分が二人分を支払うのは最初から分かっていた。
　そのとき、不意にピアノの音が耳に入ってきた。
「……そういうところも、この店の良いところですね」
　少しだけ自分たちの年代に近くなったピアノの曲を聴きつつ、少しだけ若い時に思いをはせる。
　それは、今となってみれば大事な存在であるかのようにはっきりと覚えているものだ。
「――ほんとうに、ままなりませんね」
　窓の外の黒猫と何となく目を合わせつつ、結局、支払いは二人分、そしてつぶれた後輩を背負って帰るのであった。