■「ナンバーワンアイドルにボクはなる！」
　宗教国家『無限の聖域』。
　現人神マドゥカ・サクラこと桜庭 円の爆誕からこの歴史は始まった。
　ガルダ王国と武人国の中間に位置する谷に生まれたマドゥカは両国の間隙をつくかのごとく独自のコミュニティを形成、増幅させるところから始まった。
　マドゥカのやり方は至極単純。歌とトークで人を虜にし、人生を導くというものである。
　はじめは木箱の上。しだいに壇上、ステージ、ドーム、アリーナと段階を踏んで数万のファンを獲得したマドゥカは自身のファンクラブを宗教化。
　かねてより決めていた『無限の聖域』という名前で独立国家を宣言すると、武人国とガルダ王国が国の方針と民意から侵略をためらう一方で国家として地盤を固めていった。
　国家としてはきわめて小さく自給自足もギリギリといった有様ではあったが、『無限の聖域』にはある強みがあった。
「ボクの親衛隊は世界中にいる！」
　そう。『無限の聖域』は国家であると同時に巨大なファンクラブ。熱心すぎるファンや隠れファンは世界中に点在し、情報伝達および保存技術の発達に伴って『潜在的国民』は先鋭化深刻化を増していった。
　歌の中に込めていた反戦のイメージは緊張状態にある国々の指示を高め、マドゥカの磨き抜かれ計算しつくされたパフォーマンスは世界中で好意的な評価を得た。
　勿論各国はマドゥカの政治的意図を理解していたし『無限の聖域』の潜在的国民の存在に気づいていたが、マドゥカを表だって排除することはメディア弾圧に他ならない。
　おいそれと手をだせぬまま、『無限の聖域』は自らのシンパを増やし続けていた。
　研いだ牙が本当の意味で剥かれるのは、マドゥカの歌に込められた反戦イメージからも分かるとおり戦争勃発の瞬間だ。
　彼女は各国にファンという名のスパイネットを張り巡らせ、勝負の時を待っている。


■「ルーレットを回そう！　この世界がもっともっと刺激的になりますように！」
　大陸赤道直下の砂漠地帯には、巨大な国があった。
「ようこそ、職人と賭博の国マイスクトへ！　マイスター・ホワイトが紹介するよ」
　その国のトップことマイスター・ホワイト――白 真白が、彼女である。
　カジノのバニーガールさながらの格好をしてシルクハットを回す彼女こそが、この国の中心にいるのだ。

　古い記録によれば、マイスクトは砂漠のオアシスに集まった職人たちの集落であったという。
　環境の厳しさから攻撃してくる国もなく、ただ技術を深めることにのみ集中できる環境が彼らを技術大国へと押し上げた。
　やがてオアシスの周りには高層ビルが建ち並び、星の裏側とリアルタイムに会話ができる技術や円滑な移動手段や、世の中が便利になる様々な技術を開発し、それを隣人同士で競い合った。
　職人同士の意地の張り合いは国家を超えたレベルとなり、専門技術において世界一を自負するシバ王国や堅実かつ確実な仕事をするツクヨミ共和国と並んで、その技術は世界が認める程に至る。
　だが特色はというと、『刺激的』の一言だ。
　人が感動するような音響機材。パフォーマンス道具や、大がかりなステージ建設にかけてマイスクトに勝る国は無かった。
　それを誰よりも積極的に利用したのが宗教国家『無限の聖域』であり、かの世界アイドルマドゥカのライブパフォーマンスを最も深く利用し受け入れたのもまた、マイスクトであった。
　来る者拒まずの精神と、際限なく刺激を求める国民性が合致したがゆえの融合である。

　そんなマイスクトの特色とも言うべきは、毎夜開かれる『賭場』である。
　賭場ではあらゆるものをベットすることが許され、多くの者は金を賭けてその乱高下に沸くのだ。
　砂漠に囲まれた国ならではのガス抜きであり、彼らが日夜夢を見続けるためのサイクルでもあった。
「色々なものを賭けてるけど、自分の技術だけはベッドしない。技術を失えば飯の種がなくなって賭博もできないからね」
　マイスクトは毎夜、終わらぬ夢を見続ける。

■「理想は果てなく、未来は永遠だ。そのために、明日を作る必要がある」
　これは王の話である。
　八神 修という王が、国民に『明日』を作った話だ。

　武人国、ガーデン、シバ王国、ツクヨミ共和国などに囲まれた国『アルベド』。
　美しい自然と豊かな資源。その土地を侵略によって奪った王宮貴族が治めていた。
　侵略が行なわれたのは何代も前のことではあるが、奪い取ったものを分配するのはいつも上層の者たちのみ。
　ノブレスオブリージュは美徳とされたが、それを本当に行なっている貴族はないとすら言えた。
　多くの農奴を抱え、貴族が肥える国。
　貴族はそれぞれ騎士称号をもち、個別に軍を有し、逆らう国民があれば自由な刑罰を与えることができた。
　みせかけの美徳。見せかけの平和。見せかけの豊かさ。見せかけの富。
　そんな国の王族に、修は生まれた。

　修はまず戦に出た。
　略奪によって富を築いた国ゆえに、略奪によって広がろうとする。
　それに乗じて自家派閥の軍を動かし軍功をあげることにしたのだ。
　幸いにして修は戦争の才能があり、後の世界でも基礎とされる各個撃破戦法をはじめとする様々な戦術を編み出しては使用し、次々と成果をあげた。
　戦争を嫌い自国防衛に力を注ぐ国家が多かったがゆえ、戦争は長引いた。
　修は他国から悪魔のように恐れられ、忌み嫌われた。
　いや……むしろそうなるようにあえて振る舞ったと、後の歴史家は主張している。

　手柄を立てれば軍に志願する兵隊も増える。修のおこす戦争では生存率が高いといわれたこともあり、彼の自家軍隊は日に日に力を増していった。
　それが国家の中心を脅かすかどうかという規模になり、さすがに邪魔がはいりかけたそのタイミングで……修はついに動き出したのだ。
　戦争の時を待ち多くの信者（ファン）を各国に抱える宗教国家『無限の聖域』。そしてそれを技術的にフォローする友好国『マイスクト』。
　それに加えて様々な国家の様々な技術を自国の貧民たちに一斉投入し、クーデターを引き起こしたのだ。

　抑圧された民に銃を持たせれば何が起こるかは明白である。
　時を待ち、状況を作り、修は一世一代最後の戦術を行使したのだ。
　対するは利益を維持しようと動く王宮貴族派閥連合。
　自由を得るための戦いを扇動し、先導したのは修の貴族一門であった。
　多くの国の力を一時的に結集して起こしたクーデターは時の王を討ち、ついに国家『アルベド』は解体された。

　解体された国家の行く末は世界的中立国をうたう武人国で行なわれ、全ての貴族はその権利と財産を没収され各国へと散っていった。
　修も例外なく権利を手放したが、国民を先導したことから政治的な役職を与えられることとなった。
　修がまず作ったのは学校と民主主義である。
　急に生まれた学問に人々はすぐに慣れることはないだろうが、もう二度と貴族が富を吸い上げることも農奴が子々孫々まで続くこともない。
「でも小さい頃の俺みたいなのが好きな事を思う存分できるような国になるなら……今の俺はいいんだ」

　修は生涯国民のために働き、細々と最低限の暮らしを守ったという。
　だが彼によって時代の子供たちは自由を得た。
　アルベドが『明日』を得た、その歴史である。