Six years ago｜リアクション

Six years ago

■6年前、春
　学校から、旧市街のアパートへ帰る道すがら。
　万条幸次はいつものように眠そうな表情で、自転車を押しながら歩いていた。
　まったりゆったり、マイペースに。
　そして、ふわぁ、と大きな欠伸をした瞬間
（この気配は）
　幸次の眠たげだった茶色の瞳がキラン！と輝きを放つ。
　ねこ大好き！な幸次の猫センサーが反応したのだ。
（こっちの方かなあ）
　自転車を止め、鞄からカメラを取り出し。
　予感のする方向へと向かう幸次の姿は、先程とは変わって機敏で活き活きとしている。
（例えば、こんな草むらとか……）
　幸次が覗き込む、と
（いた！）
　白く長い尻尾を見つけ、幸次の目尻が下がる。
（怖くないから、出てきてほしいなあ）
　そう思いながら、幸次がカメラを構えた瞬間。
「にゃぁん」
　いつもならすぐさま撮影を始める幸次。だが、身体に衝撃が走り、その指はシャッターを押せなかった。
「……花見？」
　姿を現したのは、青い瞳を持つ白い猫。
　幸次は時間が止まったかのような感覚を覚えた。

　◇

　寝子歴1365年、3月。
（もうすぐ6年生だねえ）
　小学5年生の幸次がそんなことを考えてると、足元に気配を感じ。
「あれ？」
　幸次が見れば、そこには白い猫。落ち着いた雰囲気を持つ青い瞳を持つ猫は、幸次を見上げ
「にゃぁん」
　柔らかく鳴いた。
「かわいいなあ」
　幸次がゆっくり歩けば、白猫もゆっくりと歩調を合わせ付いてくる。
　やがて、幸次は自宅の前へ。
「ここが、おれの家だよ。またお散歩しようね」
　そう言い、白猫との別れ……と思いきや
「にゃぁん」
　白猫はススッと幸次の家の玄関へ歩き、そして座り込んだ。
「あはは、これじゃあおれ、家に入れないよ」
　笑いながら白猫に話しかける幸次が白猫の頭を撫でれば、気持ちよさそうに目を細め、喉を鳴らす。
「首輪もないし……迷い込んじゃったのかな？」
　しばらく白猫と戯れるも、結局動く様子はなかった。抱きあげても嫌がる素振りもない。
　のんびりとした佇まいはお年寄りの猫だからだろうか。穏やかな雰囲気に居心地の良さを感じる幸次。
　その姿に、決意した。
　いつもの眠たげな表情を少しだけ引き締め、そして。
「母さん、お願いがあるんだ」

　◇

「母さん、ありがとう！」
　幸次はめいっぱい頭を母親に下げ、そして
「猫さん、今日から家族だよ！」
　満面の笑みを見せる幸次に、白猫も「にゃぁん」と喜んでいるような声を上げる。
「猫さん、白くてもふもふ！青い目もきれいだね！」
　白猫を撫で、そしてその感触の柔らかさに頬が緩む。
「どこから来たのかはわかんないけど、近所を案内するよ」
　幸次は白猫を抱え上げ
「しゅっぱーつ！」
　ご機嫌に、白猫とお散歩を楽しむのだった。

　いくらかの場所を案内した後、幸次はお気に入りの公園へとやってきた。
「ここが公園でね、おれもよく遊びに来るんだ」
　幸次は目を細め、木々を見上げ
「そうだ！桜が見れるときに来たんだから、名前は花見にしよう」
　幸次の言葉に肯定するように。白猫は幸次の頬を舐めた。
「くすぐったいよ、花見」
　そう言いながらも笑みを見せる幸次。
「早く桜、咲かないかなあ。それで、今年も来年も、ずっとお花見しようね！」
　幸次の笑顔に、花見もにゃぁん、と応えるのだった。

　◇
　
　今でも、忘れられない。
　幸次が猫好きとなるきっかけとなった愛猫、花見。

　結局、次の年の桜を一緒に見ることは叶わなかった。

　今、目の前にいる猫は白くて、青い瞳を持つけれど、あの穏やかな老猫のようにおっとりした雰囲気はなく、小柄ですばしっこそうだ。
（花見……）
　そう思いながらも、シャッターを切る幸次。
　すると
「にゃぁん」
　他方から、白と黒の模様を持つ猫が現れた。
「花遊？」
　なぁに、と言いたげな花遊。そして花遊に警戒せず座り込む白猫。
　二匹が並んだ姿を幸次は夢中で写真に収めた。
（……花見と花遊が遊ぶ姿、見たかったな）
　出来れば、桜の咲く季節に。
　そう思う幸次だった。

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