Six years ago｜リアクション

Six years ago

■6年前、ヴァイオリン
　結城日和は不意に立ち止まった。
　学校からの帰り道、ふと耳にしたヴァイオリンの音色。
　まだ拙さが残る演奏だけど、熱い気持ちが詰まったその音色は、聞いていて心地よい。
　少しの好奇心を持ちだし、日和は音の元を探った。
　ある一軒家から流れる音色。
　そっと見れば、窓辺で少女が懸命にヴァイオリンを奏でている。
　小学校の高学年位の年頃だろうか。
（……私も、あの頃は既にヴァイオリンを弾いてたな。懐かしい）
　日和は目を細めた。

　◇

　小学校6年生。まだ寝子島に来る前の話。
「日和ちゃんは凄いね！」
　ヴァイオリンを習う同年代の友人たちの言葉に「そんなことないよ」と日和は謙遜しつつも、実際にコンクールに出れば良い順位、賞が貰えていた。
　弾けば弾く程上達していくヴァイオリンの腕前。
　難しい曲を、自分好みに弾けた際の達成感。
　美しい曲を、自分なりの解釈で弾きこなし、それを称賛される喜び。
　それよりも何よりも、日和の父親の熱い眼差しが、幼き日和には嬉しく感じられた。
　父親から込められた期待は、高額なクラシックコンサートのチケットだったり、素晴らしい音楽教師の元でレッスンをすることだったり。
「お父さん、ありがとう」
　更に、父親は素晴らしいヴァイオリンを買い与えてくれた。
　『place au soleil（プラス・オ・ソレーユ）』……ひだまり、と名付け。日和はより一層ヴァイオリンを、演奏を愛した。

　これまで、日和は子供ながらに自分の父親は家族に興味がないものだと思っていた。
　だが日和がヴァイオリンを始め、そして努力と共にみるみる上達していく様を母親は優しく見守り、そして父親も誇らしげな表情で日和の演奏に聞き入り、期待を込めた眼差しを日和へと向けていた。
　コンクールで賞を獲れば、母は勿論、父親も喜びを見せ。
（すごく、幸せ）
　家族の期待。そしてそれに応えられる自分。
　父から貰ったヴァイオリンで賞を獲り、賞状やトロフィーが増え、それが飾られる。
　日和のヴァイオリンを瞳を閉じて聞き入る父親。
　トロフィーを嬉しそうに飾る母親。
　とてもとても幸福……だった。

　◇

　しかし、日和の目の前に壁が立ちはだかった。
　練習すればするだけ、手応えがあったのに。
　コンクールに出れば、その結果がついてきていたのに。
　少しずつ、だが確実に日和の名が呼ばれることが減っていった。
　だがそれでも日和は懸命にヴァイオリンを弾き、練習を続けた。

　今までと同じく、そんな日和のヴァイオリン演奏を優しく見守る母。
　しかし父親は。
（お父……さん？）
　そっと席を立つ父親の姿を、横目に見る。
（お父さん……）
　ヴァイオリンを弾いていても。
　それ以前のように、家族に対し関心を見せない父親の姿。
　父の背中に、日和は見えない、しかし深い傷を負うこととなった。

　◇

　日和は、高校3年生となった今もヴァイオリンを弾き続けている。
　ずっと音楽やヴァイオリンの演奏が大好きなことに変わりはないが、今思えば、あの頃の自分は無意識とは言えど、音楽や演奏を楽しむ気持ちと同じ位、父親の気を引きたい気持ちがあったのではないか、と思う。
　父親との音楽の価値観の違いに、今も胸は痛めている。けれど
（お父さん、感謝しているよ。音楽の世界を教えてくれて、ありがとう）
　寝子島に来て、更に新たな知人が増えたことで音楽の幅が広がった、と日和は自分でも思う。
（今は昔よりずっと音楽が大好きになれたよ）
　大切な人と出会え、親密になれたこともヴァイオリンのお陰だろう。
　
（また……あの頃みたいに私のヴァイオリンを聞いてくれる日を待ってるね）
　その時は、ブラームスの曲にしようかな。
　そう思いながら、日和は星ヶ丘寮へと足を進めるのだった。

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