グッドキャット・シティのある事件簿｜リアクション

グッドキャット・シティのある事件簿

【贈り物】

「俺はこの街に必要なものを運ぶ。それだけだ」
　なぜ？　と探偵は問う。だから答えてやっただけだ。
「気になりはしないのかい。おたくが一体、何を運んでるのか」
　コウ・キサラギの生業は、信頼によって成り立っている。この街では得難いねこ同士の信頼こそが、コウを運び屋たらしめている。
「気にならねぇと言っちゃあウソになる。だが勝手に開けたら信頼に関わるだろう。だから中身は知らん」
　金さえ積めばねこ、物の別なく確実に、指定通りに届ける非合法の運び屋……それもすこぶるつきの敏腕だ。だからこそ彼の名は信頼と共に語られ、荷を託す者は常に絶えない。
　二匹の乗るローニャー・MIKEクーパーはハイウェイをひた走る。コウはハンドルに片手を預けながらニボシ煙草をくわえ、助手席の探偵へもそれを勧めた。
「やるかい」
「もらおう。ニャメリカン・スピリットか」
　私立探偵などという猫種と肩を並べて深夜のドライブとは、奇妙な道行きになったものだとコウは思う。
　煙を胸いっぱいに吸い、吐き出しながらに言った。
「死猫が依頼人だろうと、関係ねぇのさ。指定された日時に、指定された場所へ届けるだけ……」
「お前さんの矜持は理解したよ、ご立派なことだ。しかし時にはお前さんの運ぶ荷物が、危険を呼び込むこともあるだろう」
「お前がそれを言うのか？」
　探偵は悪びれず肩をすくめる。それらに対処するのもコウの仕事であると言いたいのだろう。
　もちろんビリーもまたコウの仕事ぶりには信頼を置いているはずだ。でなければ、サイドミラーに不穏な四つのヘッドライトが映りこんでもなお平然とはしていられまい。
「まったく、ビリー。この疫病猫め……！」
　毒づいた瞬間、黒塗りのセダンが二台、コウの運転するMIKEクーパーを猛烈に追い上げ幅を寄せてきた。黒塗りの窓が開き、覗いたのはオスのベンガルの鋭い眼光と黒光りする銃口だ。
「掴まってろ、舌噛むぜ」
　撃ち込まれた銃弾が車内を跳ね、グローブボックスにめり込む。コウはアクセルを踏み込み急加速で黒塗りの二台を引き離すが、二台もすぐさま追いすがり、乾いた破裂音と金属音がトランクで弾け、リアガラスを砕いた。
　コウは身を伏せながらもハンドルを手放すことなく、アクセルの底を踏み続ける。
「修理代はお前に請求させてもらうぜ？　何しろ依頼人はもういないからな」
「やれやれ、高くついたな……ま、命に比べりゃ安いもんさ」
　恐喝犯に殺人鬼、強盗と渡り合うことも無きにしも非ずだが、望んで呼び込んだつもりもない。当然にして支払われるべき必要経費というものだ。
「俺はいつでも、暴力とは無縁のクリーンな配達屋のつもりなんだがな……！」
　踏み抜く勢いでブレーキペダルを倒し、派手にテールを振ってやる。赤のランプが闇夜に尾を引き目くらましとなり、軽くリアバンパーで小突いてやるだけで黒塗りは進行方向を見失い、急激な蛇行の末ハイウェイの壁に突っ込んだ。
「噛みついていいのは、噛みつく覚悟のあるねこだけだ」
　もう一台は対向車線へ突っ込み、間近に迫るトラックのヘッドライトに面食らってコントロールを失し、派手なスピンを演じた後に動きを止める。運転手の黒ずくめが目を回したか、それ以上追いかけてくるそぶりはなかった。
　アクセルを緩め、コウはひと息をつく。気が付くと足元でくすぶっていたニボシ煙草を、ひとつ舌打ちを漏らし靴先で踏み消した。
「何もんだ、連中は」
「バーニー・スタイルズ、ウォッシュバーンお抱えのゴロツキさ。お前さんの運ぶ荷物が気になって仕方なかったんだろう」
　新しいニボシ煙草をくわえると、ビリーの差し出したライターの火を移す。煙で肺を満たし、吐き出した。
「よくよく罪なメスだったってわけだ」
「違いない。ま、そこが魅力だったんだがね」
「なんだ、お前もファンだったのか？」
　軽口を叩きながら十数分を走る頃には、日が昇り始めていた。

　MIKEクーパーはやがて、指定された日時、指定された場所へ寸分違わずにたどりついた。
　静かな郊外の丘の上を巡る道路の一角に、ごくこじんまりとした展望台がある。停車している黒塗りのセダンは、先ほどカーチェイスを演じたものとよく似ていた。
　ラジオから垂れ流されるカントリーに耳を傾けながら、一匹のオスねこがニボシ煙草をふかしていた。鷹揚にこちらを向いたオスねこへ、コウは懐から取り出した細長い箱を差し出しながらに言った。
「あんたがアーロン・スミスかい。ルシア・マーロンから、あんたに届け物だぜ」

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