ＳＴＯＰ、銀行強盗！｜リアクション

ＳＴＯＰ、銀行強盗！

「……お二人ともまるで動きませんわね」

　上下は固唾をのんで見守っていた。飛び交うお札が非常に煩わしかったが。

「あら？　そうだわ。うまく使えば……」

　なにかに気がついたように、上下は自分の顔や髪に張り付くお札を何枚か手にした。

　その間も尾鎌とネコキュア男は、微動だにしない。
　確かに武術の経験がない人間からすれば、なんの変化も感じられないだろう。

　しかし実際には、戦う二人の間で高度な駆け引きが行われていた。

　お互いに後の先を狙い、相手にプレッシャーを与えていく。
　視線。体重移動。体幹のブレ。呼吸のリズム。
　僅かな変化を読み取り、相手の行動を予測しその裏をかく、先読みの連続。

　尾鎌は、それまでの心理的な攻防で相手の力量をほぼ正確に見抜いた。
　思っていた以上の修練を積んでいることは確実。しかし、実戦経験は不足気味だろう。
　そして何より、正しい師について修行していない。おそらく独学だ。

　ここまでの分析では、負ける要素は少ない。
　しかし、独学の武術家はときに正統派の武人が予想もしない手を使うことがある。
　また、ネコキュア男は100キロを超える体重の持ち主。それでいてその重量に負けない足腰を備えているのは、構えから分かった。
　体重と筋力、そしてスピードはナチュラルな打撃力につながる。力士の張り手を受ければ、一般人など簡単に吹き飛ばされるように。
　さらに、何らかの戦闘系ろっこんを持っている可能性が高い。

　決して油断できる相手ではなく、尾鎌はますます集中力を高めていく。
　そんな相手を見たネコキュア男は、小さく声を漏らした。

「残念ながら、まともな手合わせではお主にかなわないようだ」
「では、戦わずにひくの？　それもまた潔くはあるけれど」
「ただの手合わせならば、それもいいだろう。しかし、これは負けられぬ戦いだ。引く訳にはいかない」
「なら、どうする気？」
「俺は我流忍術使い。正統派の武人に対しては、術を持ってあたろう」

　その言葉の後、ネコキュア男はおもむろにオナラをした。

　もしそれが尾鎌の集中力を乱すための行為なら、無駄な小細工でしかなかっただろう。
　極限まで集中した尾鎌は、そんな程度では揺るがない。

　しかし、さすがの武人も一瞬息を呑んだ。
　眼の前でネコキュア男が、二人に増えたので。

　あまりにスムーズに。しかも紙幣の吹雪に視界を防がれたこともあり、どちらから分かれたのか、見定めることもできなかった。

「ろっこん、ね」
「その通り。これぞ、忍法分身の術」

　二人同時に迫るネコキュア男を冷静に見定める尾鎌。
　恐るべきことに、研ぎ澄ました五感に訴えかけてくる気配はまったく同じだった。
　
「無駄だ。俺の仲間たちも武芸を修めているが、一度たりとも見破られたことはない」

　その言葉に偽りないことは、尾鎌が一番分かっていた。
　だが戦法は変わらない。いや、一対多数になったからこそ、むやみに攻撃するのは危険だ。

　尾鎌は走り出す。吹雪く紙幣の風に紛れて。
　視界の悪い戦場を利用し、一体ずつ攻略するために。

「無駄なあがきを！」

　そう怒鳴りつつ、ネコキュア男もまた尾鎌を警戒している。
　先程の静かな攻防で、純粋な武術の腕では敵わないことは分かっているのだから。

　事実、尾鎌の技量は卓越していた。

　無秩序にお札が舞い飛ぶ中、ネコキュア男が放つ拳を化勁で受け流し、蹴りを体捌きでかわし、円を描くような歩法で常に二人の死角に身を置く。
　そして、一閃！
　すれ違いざまに踏み込み、ネコキュア男の脇腹を頂肘で打ち抜いた。
　
　一定以上の衝撃を受けて、分身は霞となって消える。

「なるほど。分身は殴れば消えるわけね」

　余裕を持って構える尾鎌。

　何ということか、とネコキュア男は歯噛みした。
　この男の相手は、二人では足りないのだ。

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