本日は失敗日和につき｜リアクション

本日は失敗日和につき

　高校卒業後に町役場へ就職してから、２年。
　三折部朝衣は、その日も、いつものように総務課のオフィスに足を踏み入れた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう、三折部君」
　上司にぴしりと挨拶をして、自身の席に着く。
　ノートパソコンの電源を入れて書類を手に取ったところで、後からやってきた隣の席の同僚が、
「おはよう、もう仕事？」
　と、小首を傾げて、笑った。
「あ、おはよう。ちょっと、こまごまとしたことをね」
　視線を書類から同僚の方へと移動させて、朝衣も口元に笑みを乗せる。
「真面目だなぁ」
「そうかなぁ？」
「そうだって」
　言いながら、同僚は早速スマートフォンを弄り出した。
　そして、８時半。一日の仕事の始まりだ。
「三折部君、午後の会議で使う資料なんだが……」
　早速、上司に資料の作成を頼まれた。
　朝衣は、慣れた調子でノートパソコンに向き直り、作業に取り掛かる。
　キーをカタカタカタッと叩くこと、２時間ほど。
（何とか、昼休みまでに出来上がったな……）
　胸中に安堵して、朝衣は資料を保存しようとし、
　――カチッ。
　操作ミスで、出来上がったばかりの資料をすべて削除してしまった。
（……へ？）
　一瞬、フリーズする。朝衣の顔から表情が消える。
　しかし朝衣の思考は、幸か不幸か、すぐに朝衣の元へと戻ってきた。
「うそ……ちょ、ちょっと……」
　掠れた声が、喉を震わせる。
　本人には確認のしようがないが、顔色も、すっかりなくなっていた。
（やっちゃった……どうしよう……）
　あまりのことに気が動転して、目元に、じわ、と涙が滲む。
　けれど朝衣はきゅっと口の中を噛んで、どうにか気を取り直した。
（泣いてる場合じゃない。すぐに対応しないと）
　目元を拭い、朝衣は、急ぎ上司のデスクに向かう。
「あの、申し訳ありません……」
　頭を下げて、事情を上司に説明する朝衣。
　上司は怒るよりも先に、
「三折部君がミスをするなんて、珍しい。今日は季節外れの雹でも降るかな」
　と、驚きを露わにしたが、打ちのめされている朝衣にとっては、慰めにもならなかった。
　すぐに、もう一度最初から資料を作成し直す。
「大変そうだね。手伝うよ。急ぎの案件もないし」
　そう言って、手の空いていた隣の席の同僚が、手を貸してくれた。そして。
「お、終わったぁ……！」
　昼休みも返上した朝衣は、資料を、会議に何とか間に合わせることができた。
「お疲れさま」
「うん……ごめんね、ありがとう」
「こういうのはお互いさまだって。あ、しょっちゅうは勘弁だけどね」
　しゅんとして応じる朝衣を元気づけるように、同僚は茶目っ気混じりにそう言った。
　デスクに向き直った朝衣の唇を、細いため息が揺らす。
（生きた心地がしなかった……それに、皆に申し訳なくって）
　疲れ切った心を抱えて、けれど朝衣は、ふるふると首を振って気合を入れた。
　そうして彼女は、今度は午後の仕事に立ち向かっていくのだ。