本日は失敗日和につき｜リアクション

本日は失敗日和につき

　鴻上彰尋は、毎朝、３人分の弁当を作っている。
　自分の分と、兄の分、そして母親の分だ。
　その中で母親の分の弁当は、ちょっとだけ、異彩を放っている――。
（え、あ、しまった……）
　弁当の包みを解くや否や、状況を悟った彰尋は、ばっと弁当を包み直す羽目になった。
（母さんのと、お弁当を入れ間違ったみたいだ……どうしよう）
　中身が少ない、等ということは、この際大した問題ではない。
　一番の問題は、お弁当を開けるのが非常に恥ずかしい、ということだ。
　彰尋は内心に息を吐き、そうして、ちら、と、昼休みの賑わう教室を見渡した。
（ここは拙い……！　これを、人に見られるのは、ちょっと……！）
　弁当箱からして母親のものは可愛らしいチョイスなので、中身を一気にかき込むのさえ難しい。
　からかわれないように、誰にも見られないように。
　彰尋は、そそくさと教室を出て、屋上に向かった。
　幸い、他に殆ど人はいない。
　ほっと息を吐いて弁当の包みを再び解き蓋を開けた、その時だ。
「あーき、ひーろ、くんっ！」
　名前を呼ばれて、彰尋はびくっ、と肩を跳ねさせた。
　彰尋を驚かせた張本人――七夜あおいが、「わ、ごめん！」と、慌てた声を出す。
「ごめんね、びっくりさせちゃったみたいで……あ！」
　あおいの声の終わりの方が、光を帯びるように弾んだ。
　しまった、と思った時にはもう、あおいの瞳はきらきらと煌めいている。
「彰尋くんのお弁当、可愛い～！」
　例えば、ゴマやノリで顔をつけたおにぎり。
　例えば、斜めに切ってハート型になるように並べた卵焼き。
　例えば、これも顔のついたたこさんウインナー……。
　彰尋の母親は、そういう少しの工夫を「可愛い」と喜んでくれて、好評なのだと笑ってくれて、
（だから、出来そうなおかずの時は、ついついそういうのをやっちゃうんだけど……）
　まさかそれを間違えて持ってきて、しかもあおいに目撃されるとは。
　痛む頭を宥めるように軽く額を撫でて、彰尋は取り繕うように言った。
「これ、母さんのなんだ。朝、バタバタしちゃって、取り違えたみたいで」
「このお弁当も、彰尋くんが作ったの？」
「うん、一応」
　すごいね、と、あおいが一切の屈託なく、向日葵みたいに笑う。
　湧き上がってきたくすぐったいような気持ちを誤魔化すように、
「あおいさんも、屋上でお弁当？」
　と、彰尋は尋ねた。
「うん、そうなの。ね、ね、一緒に食べても迷惑じゃないかな？」
　あおいはもう、彰尋の弁当に興味津々だ。
　青い瞳があんまりぴかぴかと輝いているのに、くす、と思わず小さく漏らして、
「勿論、迷惑なんてこと全然ないよ」
　なんて、彰尋は、傍らに置いてあった荷物をそっと避けた。
　ありがとう、と微笑んで、あおいがその場所に収まる。
「今度は、ちゃんと中身を確認してからもっていかなきゃな」
「えー、可愛くって素敵だと思うけどなぁ。あっ、ねえ、卵焼きって、どうやったらハート型になるの？」
「ああ、これは――」
　青空の下、２人の穏やかで楽しい時間は、ゆったりと過ぎていく。

このページにイラストを設定する