本日は失敗日和につき｜リアクション

本日は失敗日和につき

　放課後の調理室から、甘い香りが漂ってくる。
　廊下側の窓から室内を覗き込んだ八神修は、そこに、七夜あおいの姿を見留めた。
「味見屋のご用命はござませんか？」
　部屋の中へ入り冗談めいて声を掛ければ、振り向いたあおいが、ふわ、と微笑む。
「同好会の活動かな？　今日は、何を作ってるの？」
「パウンドケーキだよ。甘さ控えめでね、林檎のソテーを添えるんだ」
「へえ、本格的だな……ん？　何か、妙に焦げ臭いような……」
「あ！」
　どうやら、話に夢中になって目を離した隙にパウンドケーキが焦げてしまったらしい。
「あっ、すまない。俺と話してたせいだな。手伝うよ」
　修は、急ぎ、パウンドケーキをオーブンから取り出そうとして、
「熱っ！」
　と、悲鳴に近いような声をあげる羽目になった。
「修君！」
「ごめん、あおい。ちゃんと、ケーキは無事だぞ」
「修君の指が無事じゃないじゃない！」
　あおいの指摘通り、修の指は、ごく軽くではあるが見事に火傷していた。
「待って。すぐに水で冷やさないと」
　手首を掴まれて、シンクのところまで連れて行かれる。
　さわさわと水が修の指を洗う間、あおいはずっと、真剣な面持ちで修の手首を掴んでいた。
（あおいには悪いけど、ドキドキしてしまうな……）
　６人兄弟の長女であるあおいの、姉らしい一面を見た、とも思う。
　私もよく火傷するから、と、その後あおいは、修の指に軟膏を慣れた手つきで塗ってくれた。
「あ、ありがとう」
「ううん、オーブンから目を離した私にも責任があるし」
　とくんとくんと胸を鳴らしながら礼を言う修へと、眉を下げて小さな笑みを向けるあおい。
　幸いパウンドケーキは、外側を切り落とせば食べられなくもなさそうだった。
「お詫びに、ソテーは手伝うよ」
　が、しかし。
　砂糖の容器を掴みフライパンの上に持って行った時、
（あ……）
　修は、軟膏の塗られた自身の指に、先ほどのあおいの手当てを思い出してしまった。
　途端、「きゃ！」とあおいの声が跳ね、我に返る。
　うっかり心を飛ばしてしまったせいで、砂糖を、フライパンにたっぷりとぶちまけてしまっていた。
「ああっ！」
「修君、もしかして火傷が痛むの？　病院に行った方が……」
「あ、いや、火傷が痛かったからじゃないよ。指は大丈夫」
　ぼんやりしてしまった理由は、言えない。
　心配顔のあおいに向けて、修は安心してもらえるよう笑みを作った。
「ね、平気平気……だけど、俺のせいでソテーは大丈夫じゃないな。えっと、ジャム風にアレンジしようか？」
「うん、そうしよっか。私がやるから、修君は、もう無理しないこと！」
　そうして、何とか完成した林檎ジャム添えのパウンドケーキを、一緒に食べる。
「……俺の失敗のせいで激しく甘いな」
「でも、美味しいよ？　大丈夫、大丈夫」
　あおいの前で失敗してしまって軽く落ち込む修へと、あおいは明るく声をかける。
　彼女の言動は、修を、暗闇の中からそっと掬い上げるようだった。
（あおいの良い所、また１つ見つけた）
　怪我の功名かな、と、修は、そっと微笑した。