本日は失敗日和につき｜リアクション

本日は失敗日和につき

　小学校からの帰り道で、水戸健吾はある漫画を拾った。
　表紙には、パンツ姿のマッチョな男性が描かれている。
　キャッチフレーズは、『男達の血湧き肉躍る戦い！』だ。
（へえ、面白そう）
　ぱらり、頁を捲る。
　拳と拳をぶつけ合い、素手で戦う男達……までは、良かったのだが、
（……あれ？　え？　何で……）
　と、健吾が混乱するのもむべなるかな、戦いはいつしか、何故だか服の脱がし合いに発展。
　そこには、健吾の知らない世界が広がっていた。
　ぱたん、と頁を閉じて、健吾は、問題のブツを持っていない方の手で、胸元を押さえる。
　あまりのことに、心臓が、バクバクと騒いでいた。
　健吾の心臓の声を代弁するなら、「表紙に騙されたー！！！！」である。
（面白そうな漫画だと思ったのに、ま、まさか男同士であんなことするなんて……）
　ふんわりと優しくキャッチされた心を、思いっ切り握り潰されたような気分だった。
（僕は見てはいけないものを見てしまった。とにかく、一刻も早くこの本処分しなきゃ！）
　健吾が固く決意し拳を握った、その時。
「……何？　漫画？」
　背後から声をかけ、健吾の肩と心臓を跳ねさせたのは、桃井かんなだ。
　健吾とは同学年。親しくはないが、お互い、存在と名前くらいは知っている。
（げ、桃井）
　だから振り返った時、健吾は「拙い！」と思った。
　なんとか誤魔化さないと！　と、健吾は無理矢理に、口元にぎこちない笑みを乗せる。
「やあ、桃井。げ、元気かい？」
「別に、普通？　それで、その本、何？」
「こ、この本？　これは、その……男達の熱い思いがぶつかるスポーツ漫画だよ」
　嘘は言っていない。言っていないはずだ……たぶん。
「落ちてたから、後で捨てようと思って」
「捨てちゃうの？　探してる人とか、いないかな」
　健吾が歩き出したら、かんなはその横に並んだ。
　このままでは漫画をかんなに見せる流れになりそうだ。
　何とか話題を逸らさなくては！　と、
「えと、桃井は上半身裸の男って好き？」
　健吾は、かんなに漫画の表紙を翳しながら言った。
　は？　と、かんなが絶対零度の眼差しで、健吾を睨む。
（僕のばか！　セクハラだろコレ！）
　と、健吾は焦りが引き起こした自身の言動に、胸中でツッコミを入れた。
　そして、急いで、誤魔化しの台詞をこしらえる。
「いや、その、マッチョは逞しく見えるから、僕憧れてるんだよね」
「へー……」
「だから、桃井はどうかなーと」
　そんなふうに話を濁し濁し進むこと、数分。
　健吾は遂に、目の端に、ゴミ箱を捉えた。
（早く捨てなきゃ！）
　のらりくらりと漫画を見せないようにするのも、もういい加減限界だ。
　ゴミ箱にシュートせんと、勢いを付け、「えいっ！」と漫画を投げる健吾。
　しかし、胸の内の動揺が、健吾の手を滑らせた。
「いてっ」
　例の漫画が、近くを歩いていた男性の顔面に直撃する。
（いやっちまったチクショー！！）
　男性が、痛むのだろう顔を押さえて、怪訝な表情で健吾達の方を見た。
（に、逃げる？　誤魔化すべき？　どうしよう！）
　益々混乱する健吾のことを、かんなが軽く小突く。
「何やってんの。謝らないと」
「え、あ、そう……だね」
　強張った声でそう応じながら、健吾は、自分に次々と不運を呼び込んだ件の漫画を呪った。