【快進撃！】

　ぎゃぎゃぎゃッと足裏のローラーがうなりを上げ、『トルーパー』は意表を突いた急旋回！
「す、すげえ。なんて動きだ！」
「あれは見切れないぜ……！」
　ギャラリーの子どもたちからはバトルマンガの解説役みたいなセリフが飛び出し、古尾 桐子はその期待に応えるかのように、端末をびしりっとタップ！
「トドメッス！　パイルバンカーッ！！」
　圧縮されたエネルギーがトルーパーの右腕に収束し、炸裂した衝撃が杭を射出して、一撃必殺！　どぎゃんっ！
「へへー、ウチの勝ちッスね！」
「わ～、負けちゃったぁ！　古尾さん、上手だねぇ」
「なんの、いい勝負だったッスよ！」
　対戦相手の二宮 風太はちょっぴり悔しそうに、けれど清々しい顔で愛機の『わんこくん１号』を拾い上げ、桐子と握手をかわしました。
　寝子島小学校のほど近く、風の原公園には今日もたくさんの子どもたちが集まって、バトルやカプギアのカスタムに精を出しています。特に今日はトライアングルステージが開催中ということもあり、バトルだけでなくあちこちでお気に入りブランドをアピールする子どもたちの姿も見ることができました。
「ねえねえ、ちょっとインタビューしてもいい？」
「お？　ウチッスか？」
　風太が別の相手と次のバトルを始めたところで、桐子のもとを訪れたのは、ビデオカメラを構えた男の子。お父さんから借りてきたのでしょうか、けっこう立派なカメラです。
「俺も潮見原派だからさ、潮見原重工製ギアを使ってるマスターに、話を聞いて回ってるんだ。なんか語ってよ」
「おお、そういうことなら協力するッスよー！」
　トルーパーは実に典型的な潮見原重工の特徴を備えたカプセルギアでして、その魅力をつぶさにアピールするにはうってつけでありましょう。
　桐子は腕組み、ふムっとひとつ考え込んだ後、にかっ！　笑いました。
「トルーパーは量産型カプギアッスけど、父ちゃんが前に言ってたんッス。いろんな試験を乗り越えて、コストと性能と生産性を極限まで突き詰めた結果ってのが、つまりは量産型だ！　けっして量産型＝噛ませ犬の雑魚メカではなぁーい！」
「うんうん」
「その時、その時代にいろんな意味でバランスのとれた性能を詰めこんだ機体こそが、量産型なんだ！　……って熱い語りを聞いてから、ウチもこういう機体が好きになったッス！　実際、修理もしやすいしパーツの交換も簡単だし、カスタマイズもしやすいッスからね。ウチも気に入ってるッスよ！」
「おー、分かる分かる！　やっぱそれが潮見原の魅力だよなー！」
　なんて……実のところ桐子には、お父ちゃんの語った言葉の意味は、あんまりよく分かっていませんでしたけれど。とにかく熱い語り口だったもので、呑まれてしまったのかもしれません。
　とはいえ、桐子のアピールはバッチリ！　お礼を言って立ち去った男の子を見送ってから、桐子は再び、むせるようなバトルへと戻っていくのでした。
「さーっ、まだまだバトるッスよ！」



　いっぽうこちらは旧市街。参道商店街の一角にて、にわかに人だかりができておりました。
「つ、つえー！？　この姉ちゃんつえーぞ！」
　駆け抜けるのは『アマツキツネ』。左手からは拡散する炎を放って牽制し、敵カプギアがやみくもに放った弾丸は九本の尻尾を重ねてガッチリガード。
　右手のアメノムラクモノツルギをずばっと一閃！
「ふむ。こんなものかの」
「や、やられたー！！」
　斉田 珠喪は余裕シャクシャク、流れるような戦いを展開し、あっという間に勝負を決めました。
　それも無理はありません……なにしろ珠喪は、プロゲーマー！　遊びのプロには、カプセルギアだってお手のものなのです。
「ちぇー、負けちゃったよ。けど俺のギアもナインナイツだし、アピールにはなったかなー？」
「うむ、そうであろうの。良き勝負であったわ」
　バトルを終えても、相手が珠喪に気づく様子はありません。まだ小さな男の子で、世界規模のゲームシーンや、ましてやディープな同人漫画には触れたこともなかったのでしょう。珠喪はほうっと安堵の息を吐きました。
「今回はお忍びであるからの……」
　忙しく世界中を飛び回る生活を送っている彼女にも、ほっとできるひと時は必要なのです。今回の帰国期間中に、たまたまカプセルギアの公式イベントなるものが開催されていたのは幸運なことで、良い気分転換になりそうです。
　といっても、珠喪はプロ。やるからには手を抜いたり、ましてや負けることなどできません。
「さ、次は誰じゃ？　わらわは誰の挑戦も受けるぞよ」
「よ、よーし！　俺がいくぜ！」
「僕も挑戦するよ！」
「私だってー！」
「分かった分かった。みな相手をするゆえ、順番にのう？」
　華麗にアマツキツネを操り、高い跳躍力を活かして縦横に駆け回りながら火球を放ち、刀でずんばらずばんと切り伏せます。
　立て続けにバトルを行い、実に全戦全勝！　プロの壁は厚いのでした。
「うーん。どっかで見たことあるような……」
　なんて結局注目を浴びてしまうもので、やがてギャラリーのなかにはちらほら、気づく人たちも現れ始めます。
「やっぱそうだって。配信で見たことあるもん」
「寝子島出身だってハナシだよ」
「えーっ、じゃやっぱり本物のлиса？」
「……うむ。潮時かの」
　お忍びでのバトルを続けるには、少々目立ちすぎてしまったようです。
　珠喪はあっという間にバトルの決着を着けると、ひらり手を振り、言いました。
「わらわはこれにて失礼する。楽しいバトルであった、感謝しておるぞ」
　さっそうと去る彼女の背中には、惜しみない拍手が贈られます。
　もっとも、珠喪がプロゲーマーであろうとなかろうと、寝子島の人々は変わらず拍手をくれたことでしょう。帰ってくるたび、居心地の良い故郷は、珠喪にあたたかな思い出をくれました。



　そして再び、風の原公園。
「ぬおおおっ、このプレッシャーは……！？　ッス！！」
「よければわらわとも、バトルしてはくれんかのう？　今日はまだまだ、戦い足りぬのでな」
　ずずずん！　絶好調で連戦連勝を続ける桐子の前に現れた、この異質な存在感……プロゲーマーにしてツワモノギアマスター、珠喪！　ほとんどの子どもたちは彼女の正体に気づいてはいませんでしたけれど、それでもマスター同士、なにか通ずるものがあったのかもしれません。
　桐子はちょっぴり気圧されつつも、もちろん断ったりはしません。
「これは、熱いバトルになりそうッス……！　受けて立つッスよー！」
「うむ、よろしく頼むぞよ。先ほどから見ておったが、ギアマスターは子どもとてまるで油断はできぬからのう……手は抜かぬぞ」
　そんなこんなでバトル開始！
　スピードで勝るトルーパーが先攻をしかけ、ヘヴィマシンガンをがががががっと発射、いきなり猛攻をしかけます。対するアマツキツネはどちらかというと防御重視で、追加装甲か盾の役割を果たす尻尾を掲げて守りを固め、隙をうかがいます。
　マシンガンの弾幕が途切れた合間へ、アマツキツネが狙いすました火球の一撃。ぼわっと迫る炎をイナズマのようなジグザグ走行でかわし、トルーパーは突撃！
「隙アリッス、バンカー！！」
「ぬっ、鋭い！？」
　がきーん！　両機体がぶつかりあい、重たい金属のエフェクト音が響きます。
「……が、浅い！」
「って、今の防ぐッスかー！？」
　射出された杭はアマツキツネの尻尾によって軌道をそらされて、宙を射抜いておりました。
「なに、ひやりとはしたがの。いい一撃であった。さて、次はわらわからゆくぞ？」


「うおおお、強いッス！　燃えてきたッスー！！」


　アマツキツネの刀がひとつふたつ、みっつと閃き、時には左手から放つ火球も交えて変幻自在の攻めを展開。トルーパーはゼロ距離でマシンガンを放ち巧みに応戦、パイルバンカーのエネルギーをチャージしつつ再びのチャンスを狙います。
　いつしか子どもたちはすっかりふたりのバトルに見入ってしまい、バトルの練習中だった風太くんも、先ほど桐子にインタビューしたあの男の子もばっちりカメラを構えて撮影中。いまや桐子と珠喪を中心に、分厚い輪ができております。
「おねーさん強いッスね、けど負けねーッスよ！　トルーパーのカッチョイイ戦いっぷりと、潮見原重工のむせるようなぞーけーびってやつを見せつけてやるッス！」
「わらわもナインナイツカンパニーを推すひとりとして、退くわけにはいかんのう。心踊るバトルを楽しもうぞ？」
　風の原公園を包み込んだ熱気は、しばらく晴れることがなかったということです。