神の森、寝子島｜リアクション

神の森、寝子島

　　　２

　ヘッドフォンからは某有名な冒険映画のテーマソングが漏れ出ている。
　その曲の影響だろうか、野菜原ユウは蔓だらけ草だらけの山道を力強い足取りでぐんぐん進んでいく。
「ちょ、っと……待ってよぅ～」
　背後からの声に、ユウはぴたりと足を止めて振り返った。ヘッドフォンを外しながら、
「なんか言った？」
「待ってって言ったの」
　鬼河内萌は両膝に手を乗せ、ふうと息をついた。大粒の汗が額から顎に流れ、地面に落ちる。
「足の、長さ」
　歩幅が違うから、歩くスピードも異なると言いたいのだろう。ああ、とユウは頷いた。
「悪い。つい」
　曲を止め、ユウはヘッドフォンをリュックにしまった。
「ちょっと休んで、ご飯にしない？」
　萌は自分のリュックから、弁当箱を取り出した。変異に気付いたとき、萌が真っ先にしたのは、食事の確保だった。
　ガスも電気も止まっていたが、卓上コンロがあったので、前の晩の残りであるカレーとご飯を温め、デリカポットと保温弁当箱に詰めた。蓋を開けると、ふわりと温かい湯気が立つ。
「そうだなあ……」
　ユウは首筋を掻きながら、山の頂上に目をやった。早く神鹿を見つけなければ、と焦る気持ちがある。
　だが、そう思った瞬間、お腹がぐうと鳴った。
「……そうだな、腹が減っては何とかって言うし？」
「そうそうっ」
　どうにか平らな場所を探し、草をならし、萌はビニールシートを敷く。
　これはもはやユウとのハイキング――いや、デートと言ってもいいのでは、と萌の心は浮き立った。
「おやつもあるんだよっ」
と、リュックに片手を突っ込んだとき、がさり、と音がした。
「……！」
　硬直した萌の表情に気付き、ユウは振り返った。
　萌の視線の先に、男が立っていた。半裸だ。下半身にはパンツのようなものを履き、体中に赤や黄色のペイントを施し、手にした弓でこちらを狙っている。
「クヤ族……」
　テオの言っていた、「荒っぽい連中」だろうとユウは思った。
「ま、待って！　待って待って！」
　萌はおやつを突き出した。
「これ！　ボクたち敵じゃないから！　これ！　友好の証！」
　クヤ族の若者は、萌の手の中にあるバナナをじっと見つめる。
　そして、くい、と矢の先を揺らした。萌はこくこくと頷きながら、バナナを置いた。
　若者は、首から木の実で作ったネックレスを何重にも下げている。その目が、ユウの傍らにある袋へ向けられた。
　その袋には、ここまで集めた木の実がぎっしりと詰まっていた。それも置いていけ、と若者は目で命令する。
　そうはいかない。
「鬼河内」
　ユウは小さく萌を呼んだ。
「弁当を、片付けろ」
「え？　う、うん」
　矢は怖いが、ユウがそう言うからには何か理由があるのだろう。萌は蓋を閉め直し、リュックに戻した。
「○△×◇！！」
　若者が何か言った。ユウは袋に手を突っ込み、一握りの木の実を投げつけた。
　目つぶしを食らい、若者が叫ぶ。
「走れ！」
「うん！」
「☆△！！」
「させるか！」
　ユウはビニールシートを思い切り引っ張った。萌を追おうとした若者は、大きくバランスを崩し、倒れる。
　その隙にユウは、残った木の実を掴んで萌の後を追った。

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