月光通りの住人たち｜リアクション

月光通りの住人たち

　その日は寝つけず、三宅葉月は星ヶ丘寮を抜け出し、月明りの下を気の向くままに逍遥していた。
「……ん」
　気づけば、葉月は背の高い建物とネオンが輝く、迷路のような猥雑な街角に立っていた。
　不意に肩を叩かれる。
　ゆっくりと振り返ると、そこには半透明の子供がいた。顔はよく見えずぼんやりとしている。その子は言う。
『あそぼうよ』
　子供がこんな夜中に、こんな場所で、こんなことは言わない。
　葉月はゆらりと近づいた。
「何をして遊ぶの？」
　その問いにくすくすと笑った子どもはそのまま駆けていく。時折こちらを振り返り、捕まえてみろ、とでも言いたげだ。
「鬼ごっこということね」
　葉月はひとだが、今自分の身に起こっていることはわかる。
　あの子どもを捕まえなければこの月光通りから出ることは出来ないのだろう。
　ぎらぎらと光る看板や自販機の陰、曲がり角の向こうから視線を感じる。ここには半透明の子ども以外にも住人がいるようだ。
　葉月は辺りを警戒しながら思案する。
　どうすれば、子どもを捕まえることが出来るか？
　半透明の子どもは月光が射す場所にしか姿を現さないようだ。
　と、背後に殺気を感じた。振り返り様に二、三歩後退すると、地面に何かが当たったようで野球ボール大の穴が空いた。
　そして丁度、月明かりが葉月の周辺を照らす。
「！」
　目の前に鎖のついた鉄球を持った巨大な男が立っていた。
　珍しく、葉月の瞳が揺らぐ。
「っ」
　鎖を振り上げようする男、葉月はとっさに彼の股下をくぐり抜け、細い路地へと飛び込んだ。
「ここにはおかしい人しかいないの？」
そして看板の陰に隠れると、そこには先客がいた。
　桜月と北条冬華の二人だ。
　葉月は看板に身を隠しながら、彼女らに会釈をする。他人の部屋に勝手に入ってしまったかのような気まずさを感じる。ついつい人見知りをしてしまう。
「もしかしてあなたもあの子どもを？」
　そう問うてきたのは冬華だった。
　この言い方だと、彼女達もなのだろう。確認したところ、正解のようだった。
「どうやって捕まえようか、話し合っていたところなんです」
「お二人はもれいび？　ひと？」
　聞けば、月がもれいびで冬華がひとらしい。
　葉月は少し考えて、
「月明りの下なら姿が見えるのよね。でも姿が見えないわけではないから……」
　冬華ははっとして、
「そう、そうですよ。月明かりの中から出せば姿が見えるんですよね。だったら、少し強引ですけど」
　どうやら彼女達はろっこんを利用した作戦を思いついたらしい。
「はい。……あ、あなたはどうしますか？」
「私のことは気にしないで。頑張って」
「じゃあ私達は行くけど、君も気をつけてな」
「ええ」
　葉月は二人を見送ってから、目を閉じて集中し、辺りの気配を探る。見えなくとも、この月光通りには少なからず住人がいるようだ。
　陰から覗くと、巨大な男は月明かりの射さない暗がりへと消えていった。
　と、子どもの声が聞こえる。楽しげな笑い声だ。
　葉月は月明かりが射さない場所に目を細める。見えはしないが、微かな音と気配が葉月に違和感を覚えさせる。
「住人がそこら中にいるのね。でも、あの子どもの気配をたどれば」
　葉月が呟くと同時に笑い声をあげながら月明かりの下に現れたのは半透明の子どもだった。
　葉月が通りに出ると、子どもはすぐに月光の当たらない場所へと消えて行ってしまう。
　しかし、葉月は笑い声と気配をしっかりと感じていた。
「先回り、できそうね」
　葉月は再び近くの路地へと入り、子どもが逃げて行った方向へひたすら進む。
　そして、子どもが駆けて行く通りに飛び出し、葉月の横を駆け抜けていく気配を掴んだ。
　月明かりが射し、葉月に腕を掴まれた子どもの姿が現れた。
「いくら隠れているつもりでも、決して完全には隠せないわ」
　月光通りが消えていく。

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