【洗練された匠の技】

「う、宇宙人に誘拐された？」
　滝原 レオンが動揺を隠さず問い掛ければ、
「ゆうかいしました」
「しました」
　目の前のぬいぐるみのような宇宙人から、そんな言葉が返ってくる。

「それで、この姿でファッションショーをやれ、と……！？」
「是非おねがいします」
「おねがいします」
　イカとタコがぺこりと頭を下げた。

　この姿とは──言わずもがな、本来の性別とは異なる、女性の身体である。
　今回に限っては、らっかみ内にたくさんおられる目の保養『男の娘』すらもステージの選択肢から外した為に、無駄にハードルが尋常でなく高くなったシナリ──もとい『女の子はかわいい。ときめき』と思うに到った、宇宙人たちの趣味の結果であった。
　いつか、宇宙人たちにも男の娘の魅力に気付く存在が現れることだろう。
　閑話休題。

　そして、レオンは己の姿を、遠目の鏡でまじまじと見つめた。
　レオンの姿は、透き通った流水の如く腰まで流れる銀の髪と、それに負けない均整の取れたプロポーション。若干胸が大きめなのが、見ている側の目を引き付ける良いアクセントに──

「ええい、こうなりゃやけだ！　楽しんでやる！！！」
　……レオンは全てを打ち壊すように宣言し、猛々しいまでのオーラを背負って、衣装置き場の方へと踏み込んだ。



「へえ、結構いいの揃ってるじゃん」
　ハンガーラックに掛かった衣装群を目に、レオンは揃っているその種類に思わず感嘆を零した。
　大雑把な置き方はされている。しかし、そこにあったのは一般のデパートで手に入りそうな、シンプルだがストッキングに合わせやすい衣装から、コーデに悩み甲斐のある、個性溢れる特徴的なブランド物まで。レオンが知る限り、かなりセンスの良さを窺わせるラインナップだった。
「あ、この赤いドレスかわいいな」
　そんなレオンの目に留まったのは、流れるようなスリットが入った深紅のドレス。それをキープしつつ、ストッキングの置き場で悩むことしばらく。
　そのドレスに、引っ張り出してきた黒いガーターストッキングを合わせて見れば。
「うん、いい感じ」
　レオンは少しの嬉しさと、この組み合わせを見出せた満足感に頷いた。

　レオンはそれらを戸惑うことなく手早く身に纏い、そしてやはりとても自然な仕草で化粧台の椅子に腰掛ける。
　男性ならば戸惑うであろう、足にまとわりつくドレスの布を捌く姿もあまりに自然だ。そして、メイク道具を手元に広げて、化粧下地にファウンデーションと、流れるように化粧をしていく。その仕草には、不慣れも戸惑いも存在しない──

「(……趣味の女装が、こんなところで役に立つとは……)」
　趣味が女装であることには、密やかにこそすれ何も躊躇いは無い。しかしまさか、それが役立つシーンが訪れてしまったことには、流石にレオンも遠い目をせざるを得なかった。
　手早くメイクアップを終え、せっかくだから誰か困っている人がいれば手伝いが出来ればと辺りを見渡す。

　とはいえ、やはり女装は秘め事たる趣味なのだ。
　女性になってしまった上に、他の男性も同じ状況なのだからあまり気にする事はないのかも知れないが……
「(化粧に慣れてる男とか絶対怪しまれるから、な？)」
　それを踏まえて、元が男だとばれないように口調も立ち振る舞いも細心の注意を払う。
　そして、ふと遠く見れば、丁度連なる衣装を前にして立ち尽くす、明らかに慣れない洋服を前に戸惑う少女の姿が見えた。
　恐らく相手の性別は男性だろう。それならば、戸惑うのも無理はない。

「大丈夫？　選ぶの手伝ってあげましょうか？」
　優雅に歩み寄り、口から滑らかに出た女性の口調。レオンが自分でも、これなら大丈夫そうだと自信を持つ。
　……何か問題があるとすれば。
　デフォルトの性別が女性である存在よりも、レオンの口調や仕草の方が遙かに女らしいことであろうか。

「あ……はい。あの……」
　掛けられた声に、その少女が顔を上げた。
　身長は156cm前後。シックな長い黒髪と、優しさを体現したかのような、柔らかそうな体付きが印象深い少女。
　少女と言っても、おそらくレオンと同じくらいの年であろうと直ぐに予測が付いた。

　そして、少女──しゃがみ込んで衣類を見つめていた鴻上 彰尋は、おずおずと恥ずかしそうにレオンの方へと顔を向けた。
「その、慣れて、いなくて……
　服を選ぶだけでもいっぱい一杯だったんですが、着替えが……
　これは、どう付ければいいのだろう、と……」
　彰尋の顔が言葉と共に真っ赤に染まる。手には──女性用である純白のブラジャーが。

「(ああ……)」
　女性用の下着は綺麗に身体のラインを整え出すのには欠かせない。
　日常から女性用下着もきちんと着こなすレオンにとっては問題なくとも、現状、確かに女性物の服を初めて着る男性陣にとっては、それは確かに高いハードルと言えた。技巧と羞恥心との闘いである。

「大丈夫よ。慣れれば簡単。
　衝立の方に行きましょうか？」
　落ち着いた女性を演じるレオンと、促されるままに緊張からか小さく頷く女性の彰尋──
「(これ、絶対自分が男だとバレちゃいけないヤツだろーーー！！)」
　内心の叫びは、決して聞かれてはならない。覚悟を決めて、レオンは彰尋の下着と衣類の着付けを手伝った。

「あなた、お化粧は？
　しないなんてもったいない。良かったら私がやってあげようか？」
　せっかくこんなに素材が良いのだから。密やかな化粧も心高鳴るが、胸を張ったお化粧は女の子の特権でもある。
「あ、はい。自分では、上手く出来る自信がなくて。
　でも、お世話をかけ続けじゃ──」
「いいのよ、好きでやってるんだから」

　こうして。一人の女の子の魅力を存分に引き出し、レオンが満足した頃、ステージへの出番まであと少し、そう宇宙人に呼ばれる声が響いた。




　ステージ上、客席以外誰もいない空間。
　華やかな音と共に張りだした舞台の中央に、黒の革張りがされた、一つの存在感溢れるソファーにスポットライトが当てられた。
　客席の誰もが一瞬、そこに釘付けになる。そしてスポットライトの位置は舞台袖から出たレオンを煌々と照らしだした。
　一斉に盛り上がる観客のイカとタコ。つぶらなごま目がライトの光を反射して、舞台からも分かるように、その眩しさをレオンの方にまで伝えてきた。

　一歩、脚を踏み出せば、純赤のハイヒールが心地良い音を立てて、ステージにその音を響かせた。
　レオンの選んだ靴のヒールは、ほぼピンヒールのそれに近い。それでも、レオンは足をくじくことも滑らせることもなく、その優美さを保ったままに前舞台へと歩みを進める。
「(伊達にハイヒール履き慣れてねえぞ！)」
　そこには、明らかなプライドと、輝かしいまでの意地があった。

　ワンショルダーの鮮やかなドレスがひらめく。歩きながら、顔横で蝶の翅のように広がる肩飾りに、ついと仕草の一つとして頬を寄せて見せる。歩調を変えて魅せれば、時折スリットに割り込むようにして、黒のガーターストッキングが露わになった。

　──煽ってくる、とにかく煽ってくる。

　そして、レオンのクライマックスは瞳をハート型にしたタコイカたちの前で、最初に照らされたソファーに座り、脚を見えないギリギリまで大きく組んでの、宇宙人たちへの微笑みだった。

　揺れるドレス。露わになる太腿。隠されることのないガーターベルト。
　ステージが、湧いた。
「ときめき」
「ひゃあ！」
宇宙人たちから「ときめき」の感情があちこちから大きく飛び交いまくる！

　そして、そんな熱気もそのままに、レオンが椅子から離れれば、それは映像か何かであったかのように姿を消した。
　その原理を不思議に思いながら、レオンは来るときと同じ足取りで舞台を退ける。
　帰りまでも視線が痛いほどに向けられる中、レオンはしみじみと思った。


「(どうせなら綺麗な女の人にやって欲しかったなー……俺じゃなくて)」


　つい思ってしまうその背中は──歩き姿に反して、あまりに哀愁じみたものだったのは言うまでもない──