ぼくのわたしの好きな時間｜リアクション

ぼくのわたしの好きな時間

【マンガ化】危うい橋ほど渡りは楽し

　放課後の図書室を訪れた七峯亨は本を吟味するではなしに、
「よう」
　と、ひらと小さく手を振り、図書委員の仕事をしている詠寛美へと声をかけた。
「ああ、お前か」
「仕事は？」
「もうすぐ終わる」
「じゃ、またやろーぜ。具合良く、今日は武道場が空いてるらしいもんで」
　笑みを孕んだ亨の言葉を受けて、寛美の方もにやと笑う。
「いいぜ。一度受けた以上仕事に不満はないが、どうにも肩は凝る」
　少し待ってろ、と言い置かれて、暫し。
「悪い、待たせた。じゃあ……」
「ああ、行くか」
　かくして、２人は共に、武道場へ続く廊下を辿った。

「さ、始めよーぜ。KOのみ、負けた方が奢り。OK？」
「異論ない」
　打ち合い投げ合いで身体を慣らし終えれば、さあ、本気の時間だ。
「――始め！」
　叫ぶや、亨は寛美の元へとどっと迫った。
　肘を使った鋭い一撃を、寛美がギリギリのところで避ける。
　瞬間、亨は頭の中で『縮』と念じ、『縮身』を発動させた。
　相手も、亨の手の内は知っている。
　すぐに、身を縮めた亨を押し潰さんと寛美の足の裏が容赦の欠片もなしに襲い来たが、
「毎度いい眺め、見惚れそうだが、っと」
　頭上を影が覆うのに動じることなく、亨は飄々とおどけてみせた。
　そうして狙うは――無防備な姿を晒している、寛美のもう一方の足、その小指。
　勢いを付けた蹴りが柔らかな箇所を過たず捉えれば、痛みに軽く顔を顰めた寛美が、
「っ、まだまだァ！」
　しかしあっという間に体勢を整えて、お返しのように低い蹴りを放つ。
　狙い定めたその一撃を、亨は、限界寸前のところで蟻の如くに身体を縮めて避けた。
　頭の上を、薙ぐような蹴りが暴風を生んで通過する、その刹那。
「っはは、いいねぇ、このギリギリな感じ！　昂るぜ！」
　鮮やかに瞳をぎらつかせて、亨は寛美の、その足へと跳び乗った。
「くっ！」
　そのまま膝へ、その身を払い落さんとした手の甲へ。
　次々に跳んで、攻撃をすり抜け、亨は相手を存分に翻弄した。が、しかし。
「いつまでもやられてばっかでいられるか！」
　寛美の指先が、遂に、亨を捉えた。
　竜巻に巻き込まれたように錐揉みになって、強かに床に打ち据えられる。
　一拍置いて襲うは、引き千切れるような身体の痛み。
　声が、遥か頭上から降った。
「どうだ、そろそろ降参……は、するわけねえか」
「とう、ぜん……限界までやれるだけの丈夫さが一番の取り柄、ってな。危ねぇ橋ほど渡りは楽し、だ」
「ったく、根っからのリスクジャンキーだな、お前は」
「お褒めに預かり光栄だな、っと。さ、」
　――派手に楽しもうじゃねーの！
　声には喜色が乗るが、体格差は、もはや、猫と鼠どころか石臼と豆粒のようなもの。
（容易く蹂躙され、文字通り潰されかねないリスク……実に、癖になるな）
　何故なら――そのリスクは、身を焦がすようなスリルと両輪だからだ。
「楽しいねぇ。こーいう、ギリギリの戦いは！」
「その余裕、剥ぎ取ってやる！」
　寛美の足が生む影が、再び迫る。
　亨は、それを避けなかった。
「……やったか？」
　しかし、踏み潰すことを許した、と見せたのは、巧みな『フリ』。
　素足の隙間へと滑り込んだ亨は、蜂の一刺しさながらに、寛美の足の裏に拳を叩き込んだ。
「っ、く……！」
「まさか、もうお終い、とは言わねぇよなあ？」
　明朗な煽り文句に、「言うわけねえだろ」と、寛美の瞳の奥に闘志が燃える。
　そうこなくちゃな、と、亨は口の端をにまと上げた。

　――勝利の女神はどちらに微笑むか。身を削るような戦いは、まだ、終わらない。

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