嘘＜ユメ＞が現実＜ホント＞になるセカイ。それが、らっかみ！｜リアクション

嘘＜ユメ＞が現実＜ホント＞になるセカイ。それが、らっかみ！

【蟷螂】

　扉を開けてあの笑顔が垣間見えたとき、朝鳥さゆるは幾度となく感じたことのある、奇怪な感情がふたたび胸に蘇るのを感じました。
「おかえり」
　くつ、と彼は嘲るように笑います。ここはかつて、彼自身の隠れ家であった部屋だというのに。
　さゆるの発した言葉の虚ろさを、今さらあえて伝えることもないのでしょう。さゆる本人にも、なぜそんなことを口にしたのか分からないまま、彼の首筋へ腕を絡めます。
　交わしたキスがいかに濃厚であろうと、双方に伝った唾液の糸がいかに官能的であろうと、そこにさしたる意味は介在しません。
　虚ろ。虚ろ。ふたりにとってあらゆる常識や良識、相互の思いやり、労わり、慮り、その他諸々の正常な愛の形は、まるで空虚なものです。吐いて捨てるべきとまでは言わずとも、押し付けた唇の感触さえ野暮ったく思えるほどには、まるで必要のない行いです。
　そうじゃない。こうしたいわけじゃない。逸る胸を押さえつけながら、さゆるは児戯のような睦み方を、あたかも台本をなぞるかのようにしばし続けます。
　彼、藍人が持つ片篠という姓が彼だけのものではないことを、今ではさゆるも知っています。さりとて血の繋がりなどは、彼女らを隔てる障害たりえません。真実など実にくだらない、それこそ唾棄するに足るものに過ぎません。
　かつてはともかく、今となっては、ふたりを隔てているのはもっと大きなものです。さゆるが立ち向かうことのできない、誰にも跳ね除けることのできない、絶対の真理です。
　今日、さゆるは嘘を吐きました。

　表面だけは人間らしい情交の作法など、十分と持ちはしませんでした。結局のところ、そうなのでしょう。
　ふたりは飢えていたし、ふたりの間柄には取り繕う必要もありません。存分に、躊躇わず、自由に、赴くまま、
「…………ぎ、ィィィっ！！」
　傷つけあうことができました。
　固い床の上へ力任せに、叩きつけるように組み敷かれ、服は半ば破り取られ。
「あッ、ぐ！」
　白い背中に爪を立てられ、
「うぅぐ、うッ、ぐ、うううゥ……」
　肩と鎖骨に彼の犬歯がきつく食い込み、
「あッが、あ！　がっ、あッ！　あ！　あッ！」
　時には苛立つように拳を叩きつけられました。
　常軌を逸すると、人はふたりをそう評するでしょう。獣同士とて、こんなふうに傷つけあうことはないでしょう。
「藍人……藍人、藍人……藍人、藍人、藍人っ……藍人ぉっ」
　けれどそれこそが、ふたりのお互いを求める正しい方法なのです。そうすることしか考えられないのです。
　打ち、叩きつけ、貫き、抉り、捻じり、締めることこそが、ふたりの表現なのです。そこに伴う肉体の快楽などは、所詮添え物に過ぎません。数多の夜に行きずりの男らと貪る快楽などは、さゆるを一滴とて満たしはしなかったのですから。
　彼の片腕がさゆるの喉首に食い込み、さゆるもまた同じ行いを彼へと返します。繋がっている。通じ合っている。はっきりとした実感が、塗れた汗や擦れあう肌の暑さなどよりもよほどに、互いの存在を感じさせてくれました。
　駆け足に上りつめるその頂を前に、さゆるはベッドの下へ隠しておいたそれへと手を伸ばします。藍人もまた、今、同じことを考えているのでしょう。それがさゆるにはたまらなく嬉しく思えて、頂はさらに近くなりました。
「藍人っ……あい、とぉっ……！　あ、あたし、と……いっしょに、ィっ……！！」
　登りつめると同時に、ふたりの握った刃はそれぞれの喉を滑り抜け、おぼろげに遠ざかる視界を赤いカーテンが遮断していきます。
「…………あい」
　折り重なったまま、ふたりは、それっきり。