遅刻の日｜リアクション

遅刻の日

○三折部朝衣の場合

「二度寝……しちゃった！」
　旧市街の自宅。三折部朝衣は、時計を見て青くなった。
　普段は６時半に起床し、すぐにシャワーを浴びて朝食を取り、それから歯磨きをして着替えて化粧をして、遅くとも７時半には家を出る。
　職場の寝子島町役場へは自転車通勤。８時頃には総務課に到着している。それが彼女の日常だった。
　就職して２年目の朝衣は今までのところ、遅刻も欠勤もなく、まずは順調に過ごしている。　
　けれど、今日に限って……二度寝から目を覚ました時は午前８時２０分！
（年度末とＧＷ明けの残業ラッシュで少し疲れてるのかしら？）
　二度寝の誘惑に負けたことをそんなふうに分析しつつ、大慌てで通勤着を着て、眠気覚ましのコーヒーをブラックのまま飲む。
　顔を洗い、歯磨きガムを口に突っ込み──化粧は職場についてから、時間があればということにして、手櫛で髪を軽く整えた。
　バッグを引っつかんで自転車に乗る。
　
（信号に引っかかりませんように）
　祈りながら、始業時間の午前９時に間に合うことを願いつつ、全力疾走でペダルをこぐ。
「きゃっ……すみません！」
　飛び出してきたサラリーマン風の男性にぶつかりそうになったが、何とか無事にかわす。
　段差を突っ切ろうとして自転車がこけそうになり、どうにか持ちこたえたところで信号が無情に変わる。
「ああ、信号……」
　恨めしげに赤信号を見やりながら、息を整えた。
（落ち着かなきゃ。公務員が事故起こして新聞になんか載ったら大変）　
　今朝は急ぎの仕事はなかったはず、と思いつつ、焦りは静まらない。
　信号が変わると共にペダルを勢いよく踏む。

　役所へ駆け込んだ朝衣は、大急ぎでタイムカードを押す。
「間に合った……」
　ぎりぎりセーフ、とほっとした朝衣に、上司が声をかけた。
「三折部君、おはよう。珍しいね、寝坊かい？」
「おはようございます。すみません、二度寝しました」
　正直に答える朝衣に、上司が笑みを向けた。
「君でもそんなことがあるんだね。落ち着いてから始めるといいよ」
「はい」
　窓口ならこうはいかなかったろう。お客さんを待たせるわけにはいかないのだから。
　ほっとしながらパソコンに電源を入れる朝衣に、隣の席の同僚が耳打ちした。
「化粧してくるといいよ。電話なら出ておくから」
「ありがとう」
　朝衣は席を立った。
　大変な朝だったけど、どうやら落ち着いて仕事にかかることができそうだ。
　

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