５月の☆ハッピーバースデー｜リアクション

５月の☆ハッピーバースデー

●６日

　まだまだ日が高い学校帰りの午後。水守流は自分の財布の中を覗き込み、溜息をついた。
（これは……ちょいと厳しいなぁ）
　流の財布は絶賛ダイエット中なのか、ぺらりと薄く、吹けば飛ぶよな軽さだ。そして今、流の胃袋も財布同様ぺったんこ。
　財布も胃袋も寂しい限り。毎度毎度の事ながら、人というのはなぜ腹が減ると切なくなってしまうのだろう。
（何か食って帰ろうかと思ったんだが……）
　小腹を満たす程度でいいのだが、この財布ではそれすらも危うい。仕送りが振り込まれるのもまだ先だし……そもそもどうしてこういう状況になったのだろう。
（やはりあそこであのガチャ追いかけたのが失敗だったか）
　流は腕を組み、うーんと考える。まあ考えたところでまた限定ガチャでもきたら、流はやっぱり喜び勇んで突っ込んでしまうだろう。彼は食べる事に負けず劣らずゲームが大好きなのだ。
　改善するつもりがあまりない事を考えても腹は膨れない。それよりかはこのささやかな財布の中身で今月どう乗り切るかを考えた方が現実的だと流が気付いた時、彼の携帯が軽やかな音を立てた。
（メール？）
　落としてもさして痛手ではない財布をしまい、流は携帯を取り出す。画面を見れば両親からのメールだった。何だろうと思いながら流がそれを開けると。
「何々……『流、誕生日おめでとう』？」
　流はその一文をしばらく見つめていたが、おもむろに頷いた。そういや俺今日誕生日だったか……すっかり忘れてたぜ。
　美味しい食事と楽しいゲームが心の大半を占めるこの男には、自分の誕生日まで気にする余裕はなかったらしい。いやまあほら色々（ゲームに）忙しいしと自分に言い訳しながらメールを読み進めていた流の眠そうな目が、突然大きくなった。
「『誕生日祝いに臨時で小遣いを振り込んでおいた』……だとぉ？！？」
　流は食い入るように携帯を見つめていたが、突然両手を天高く挙げ大きく吼えた。
「うおおお！　やったー！！！」
　―――ありがとう父上！　母上！　天の助け！　感謝の極み！

　流はむっふっふと喜び勇んで歩き出した。
　金をおろしたら何を食おうかな。喫茶店でスイーツタイムってのも悪くない。いやー、それにしてもありがたい。こいつは実家帰った時にマッサージでお返ししねぇとだな。
　流は自分の指を器用にわきわきと動かした後、ぽんとポケットの財布を叩いた。
　よーし、待ってろ財布。今太らせてやるからな！

　数分後。通りにはゆったりと王侯貴族のような笑顔を浮かべて歩く流の姿があった。
　さっきまではギリギリの生活ラインの事を考えていたのに、この差は一体何なのだろう。ああ、１つ歳を取った大人の余裕ってやつか。
　いや、単に金のあるなしだろう……しかし流はあくまで大人というスタンスを貫きながら優雅に通りの店を眺めていく。
（何食うかな。１人誕生日祝いでケーキセットも悪くないな）
　そんな事を考えていた流の足が、とある喫茶店の前で止まった。
（こういう店にはずれはないんだよなー）
　その外観は落ち着いてとてもいい雰囲気だ。興味深そうに眺めていた流は、入り口近くの立て看板を見つけた。
「お？　誕生月のお客様にはちょっとしたサービスだって？」
　チョークで書かれた文字に、流の眠そうな目が嬉しそうに細くなった。
（うーん、こいつはついてる！）
　誕生日だと気付いた途端に何だかラッキーな事が続いている気がする。
（誕生日ってやっぱ最高だな！）
　これはケーキも期待できそうだ。流はわくわくしながら店の扉を開いた。