【中間テスト】息抜きは用法用量を守って｜リアクション

【中間テスト】息抜きは用法用量を守って

「……突然押し掛けて悪かったな」
「来ると思ってたよ」

　強制連行といってもいいぐらいの扱いを受けて、征一郎はシグレの案内通り遊琳の家に辿り着く。家主たる遊琳は、にこにこと征一郎を迎え入れた。リビングルームに行くと、既に勉強会は始まっているのか七瀬と遊琳のものらしき参考書やノートが広がっている。しかし七瀬は、本棚にあった本を広げてじっと読んでいた。遊琳が七瀬のことを呼ぶと、七瀬は顔を上げて、征一郎の姿に感心したような声を出す。

「おおー。この人がもう一人の。七瀬です、よろしくお願いしますー」
「俺は神嶋征一郎。……よろしく」

　挨拶が終わると、四人はさっと席に着く。隣の遊琳に、征一郎はこう訊いた。

「……迷惑じゃねぇか？」
「いや？　親って子供に友達って紹介されたら家にあげてやったりするだろう？」

　そこで遊琳はシグレを一瞥し、意味ありげに微笑む。

「あんな感じさ」
「子供か」

　征一郎も遊琳の発言に含まれた意味を察して、口角を上げた。そんな二人の様子を見て、シグレは眉を顰めながら首を傾げる。

「なんだよ？」
「いいや」
「なんでも」

　遊琳と征一郎が揃って笑うので、シグレはますます気になった。が、シグレの追及が来る前に、遊琳が場を制すのが早い。

「さ、みんな揃ったことだし、始めよう」
「おう」
「ああ」
「はーい」

　思い思いに返事すると、四人はそれぞれ教科書とノートを開いた。遊琳は七瀬に板書ノートを差し出す。そのノートは教師の話を所々にメモし、結構――結構細かくまとめてある。七瀬はそのノートを受け取ると、驚くべき集中力で読み始めた。

「貸してあげるよ」
「おおー……よくまとめてありますね」

　七瀬はこう言うが、目はずっと字を追っている。

「問題ないかい」
「丸暗記するのは得意です」

　こう確認すると、頼もしい返事が返ってきたので。遊琳は安心してシグレの方を向いた。シグレはというと、征一郎の手にある万年筆に目を留めている。

　――そういえばあれは俺の……。

　そうしてシグレが思い出すのは、昨年の記憶。一緒に試験勉強をしている内に入れ替わった万年筆のこと。征一郎は今も、そのまま律義に使っている。それを見てシグレは、微笑ましくなってほくそ笑んだ。征一郎はその笑みに気付くとシグレを睨むが、シグレは惚けた様子で笑っていた。唇を尖らせながら、征一郎はノートの英文を指差してシグレに見せた。

「ここの訳はウォーカーならどう訳す？」
「なんだ？　わからないのか？」

　征一郎はシグレの言葉に舌打ちし、こう返す。

「自分でも理解してるが、てめぇの意見も聞きたくなっただけだ」

　シグレは余裕を保ったまま征一郎の問いに答えた。征一郎は律義にメモして、また自分の勉強に戻ろうとしたが、どうも視界の隅でじっと本を読んでいる七瀬が気になる。

「その集中力を別の所で生かせば、七瀬はもっといい点取れるんじゃねぇか」
「どうですかねー」

　征一郎が七瀬に声をかけたのを切欠にして、シグレも七瀬の方を見た。七瀬が開いていたのは、勉強とは全く関係のない本である。シグレは呆れながら口を開いた。

「ところで倉前のそれは……試験勉強の本なのか？」
「違います」

　七瀬の堂々とした態度にシグレは肩を竦める。征一郎は聞こえた音にぴくりと眉を動かした。

「倉前？」

　訝し気に自分を見る征一郎に、七瀬はぼんやりとこう考える。

　――ああ、そういえば僕、征一郎には苗字を名乗っとらんかったですね。

　それで七瀬を苗字だと勘違いしていたのだと合点すると、七瀬は続く問いに頷いた。

「七瀬は苗字じゃねぇのか？」
「そうですねー。苗字は倉前です」

　そんなやりとりをした後も、勉強会は続く。その途中でうつらうつらと眠りそうになった七瀬の肩を、征一郎が揺さぶった。

「……倉前、寝るんじゃねえ」

　揺り起こされた七瀬は、征一郎をじっと見て、彼の名前を呼ぶ。

「征一郎」

　七瀬の纏うオーラに征一郎は身を強張らせた。七瀬はこてんと首を傾げる。

「さっきまで僕のこと名前で呼んでくれとったのに、なんで急に苗字で呼びよーとですか？」
「弥逢が名前で呼んでるから自分はいいだろ」

　そう言って、征一郎はそっぽを向いた。七瀬は征一郎の態度を見て、不服そうに俯く。

「……むー、つれないですね」

　そして顔を上げると、口を開いた。

「僕のことはいつでも名前で呼んでくれてよかですよー」
「呼ばねぇ」

　途端、シグレと遊琳の笑い声が響いた。

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