ねこじま麺紀行・猫島軒｜リアクション

ねこじま麺紀行・猫島軒

【６】

　夕方、それは腹ペコたちが動き出す時間。
　のれんが夕日に照らされる頃、猫島軒は部活帰りの寝子校生で溢れるのだ。
　羽生碧南もそのひとり。今日のバスケ部の練習は絶好調。妙に調子が良くてロングシュートもダンクも面白いように決まった。
　それで張り切りすぎたのか練習が終わって、シャワーで汗を流していると途端に空腹が襲ってきた。
　盛大におなかが鳴って焦ったほどである。幸い水の音に紛れて誰にも聞かれずに済んだが。
　のれんをくぐると、鼻と耳に飛び込んでくるスープや何かを炒める匂いや音。
　うんうんこれこれ、と碧南は頷く。そう、これが食欲を煽るのだ。
　空いてる席に座って、壁のメニューに目を向ける。
（このおなかの空き具合……これなら！）
　よし、と決めて注文したのは猫島ラーメン大盛りと炒飯と餃子。
（我ながらThis is 街中華なこのチョイス）
　ふふふとひとり笑う碧南。
（青春の空腹を満たすのにこれほどぴったりなものは他にあるだろうか！　乙女だって盛大に腹が減るときはこういうものを食べたくなるものなの！）
　乙女、という自ら発したフレーズにハッとする。
（乙女ゲー……ラーメン屋……バイトする同級生との甘いひと時……）
　夕暮れ、他にお客のいない店内にふたりきり。
　何も注文していないのに彼がどんとラーメンをカウンターにライドオン。
『どうしたの、このラーメン？』
『ずっと練習してたラーメン。やっと納得できる味になった。食ってくれ』
『えっ、でも、どうして私に……？』
『おまえに、おまえに最初に食べてほしいんだ……』
　そんな妄想に浸っていると、目の前に注文した料理がやってきた。
（い、いけない！　完全にもってかれてた！　こっちに集中集中！　今の私は腹ペコガールだし！）
　まずはレンゲでスープを一口。鼻を抜ける海の香りに、カッと目を見開く。
　爆発寸前だった食欲は満を持して大爆発。怒涛の勢いで麺の湖を炒飯の山を更地に変えていく様はまさに人間重機。
　男性顔負けの食べっぷりにまわりのお客も目を丸くしている。
　スープの一滴も残さず、米の一粒も残さず、綺麗に食べきった。
「ふぅ……」
　そう食べきった。食べきったのだが、ごちそうさまの一言が出てこない。
（どうしよう、足りないかも……）
　自然とその目は再びメニューを見ていた。
（明日も朝練があるし、そこでカロリーを消費すれば大丈夫だよね。丸く収まるよね、きっと）
　心の中でひとしきり自分へ言い訳すると店主に声をかけた。
「すみません！　しらすラーメンひとつ！」

（嘘だろ。なんて食べっぷりだ……）
　隣の席に座る碧南を、御剣刀は戦慄しながら横目で見ていた。
　刀もまた剣道部の練習帰り。思い切り身体を動かした後は腹が減る。そして、腹が減ったら飯を食う。それが刀の譲れないスタンダード。
　今日はラーメンの気分だったので猫島軒に来た。昨日もラーメンの気分だったからラーメンを食べた気がするが、いつでも美味いので問題なし。
（やっぱり運動した後は炭水化物に塩分に油に肉！　それをまとめて取れるラーメンは素晴らしいな！）
　ちらりと隣を見て、闘志を燃やす刀。真横であんな威勢のいい食べっぷりを見せられたんじゃ余計に腹が減ってくるというものだ。
「猫島ラーメン大盛り！　炒飯と餃子も一緒にください！」
　元気よく注文を決め、お冷やを片手に調理の様子を眺める。
　慣れた手つきで工程を進めていく店主。鮮やかともいえるその手つきを見ているだけでも楽しい。
　否応もなく高まる期待を抑えつつ、待つこと数分。黄金の輝きを放つ３点セットがカウンターの上に着陸した。
「いただきます！」
　きらきら目を輝かせ、料理に目を向ける。
（どれから攻めるか迷う黄金の３点セットだが、どこからいくか俺はもう決めてる……まずはおまえだ、ラーメン！）
　何故ならラーメンはのびたら不味いから。
　一気に麺をすすると、口いっぱいに猫島軒が広がったような気がする。
（うん、美味い！　やっぱりここのラーメンは美味いな～！　魚介系のスープだからちょっとした魚の香りがまた食欲をそそるんだ）
　続いて、スープと一緒にチャーハンをかっこむ。そして、流れるように餃子もいただきます。
　ラーメンと炒飯と餃子、お互いにお互いを引き立てる最強のトライアングル。
（うーん、誰だろうなこの美味い料理を考えた人は！）
　男子高校生らしくモリモリ料理を食べきって一息。
（さて、美味しくいただいたけど……まだいけるな。というか、まだ欲してる。食べ盛りだからな、仕方ないんだ！）
　なんの言い訳なのかわからないが、刀もまた自然とその目は再びメニューを見ていた。
「お代わりください！　次はしらすラーメンで！」
　しらすラーメンもまた美味い。猫島ラーメンよりもややあっさり系。追いラーメンにはぴったりだ。追いラーメンって何か知らないけど。
　そして、最後は杏仁豆腐でフィニッシュ。
（うんうん、甘くて美味い。口に残った脂がサラッとなくなる）
　満足した顔で手を合わせ、ごちそうさまでした、と小さく一言。
　そんな様子を隣の席の碧南は感心した様子で見ていた。
（ふふ、すごいなぁ。男の子って感じの食べっぷりだよね）
　くすりと笑う彼女だが、食べた量はほぼ同じである。

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ねこじま麺紀行・猫島軒

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