ねこじま麺紀行・猫島軒｜リアクション

ねこじま麺紀行・猫島軒

【１】

　寝子島の旧市街、参道商店街にあるラーメン屋『猫島軒』。
　２０年ほど前から店を構えるこの店は美味しいラーメンで島の人たちの胃袋を満たしてきた。
　一番人気の猫島ラーメンは魚介出汁のホッとする味わいの醤油ラーメン。もちろん、他の料理も島の食材を生かした舌をうならせるものばかり。
　そして、庶民のふところにも優しい店ともなれば昼時は訪れるお客さんで大賑わいだ。
　寝子高２年生の新田亮もそんなお客のひとりだった。
　普段、愛想のない彼だが、今日はどことなく表情が柔らかい。それはきっと彼の隣にいるルーク・ポーラスターが理由だろう。
　今日、亮はルークに寝子島を案内していた。朝から九夜山をまわり、展望台から見える街並みを一緒に眺めた。
「良い眺めだろ。ここなら寝子島を一望できるんだ」
「ああ、やっぱり知らない世界の景色っていうのはワクワクするな！」
「気に入ったならよかった。ここは俺の爺さんと婆さんもお気に入りの場所なんだ」
「へぇ、そうなのか？」
「ああ、よくデートに来ていたらしい」
「はは、亮の爺さんと婆さんは仲がいいんだな」
　そんな話をしていると、気がつけば昼時。
　亮のいきつけの店を紹介すると、やってきたのがここ、猫島軒だった。
「へぇ、亮のいきつけの店は随分繁盛してるんだな！　で、ここでは何が食べられるんだ？」
「おすすめは猫島ラーメンかな。やっぱり」
「ラーメン？」
　カウンターの席に腰を下ろし、メニューをふたりで見る。
「ラーメンって……なんだ？」
「ああ、ルークのいた世界にはないか」
　ふむ、と亮は考える。
「熱いスープに浸かった麺料理と言ったら伝わるかな。スープは魚の出汁で塩気がある。で、具に肉と野菜が乗ってるんだ」
「うーん、説明聞いてもよくわからにけど、ま、凝った料理ってのはわかった。じゃあその猫島ラーメンっていうのにする」
「俺は……む、新作メニューがあるじゃないか。これもいいな。いやでも……」
　視線をメニューの上で滑らせる。
（いつも思うが、サンマー麺は魚が入ってるラーメンを想像しちゃうんだよな……）
「そろそろ決まったか〜？　俺もう腹ペコだよ〜」
「ああ、決まった。俺は麻婆麺と餃子にしよう」
「麻婆麺？」
「なんとなく想像はつくが、実は俺も食べるのは初めてなんだ。今から楽しみだ」
　しばらくしてカウンターにどんっとラーメンが置かれた。
　どんぶりの中にマグマのように赤いドロっとしたスープ。さいの目に切られた豆腐に鼻先をくすぐる山椒の刺激的な香り。否応もなく食欲をそそられる。
「これが麻婆麺か。美味そうだ」
　ずるりと一口。刺激的なスープがよく絡んだ麺が喉を滑り落ちていく。
「美味い……！」
　麻婆豆腐は白いご飯のお供として申し分ないのは周知の事実だが、なかなかどうして麺にも合う。
　ほどよい辛味が更に食欲を刺激し、麺を運ぶ手が止まらない。
　餃子も町の中華屋さん然とした馴染み深い美味さだ。自分の選択の圧倒的正しさを確信する。
　亮はふと箸を止め、隣を見る。
（麻婆麺の魔力のせいでルークのことが頭から消えてたな……）
　果たして異界の友人はラーメンを気に入ってくれたのだろうか。
「うわ！　なんだこれ！　美味い！」
　ずるずるずると勢いよく麺をすすりあげ、ルークは声を上げた。
「このスープめちゃくちゃ美味いな！」
「……だろ？」
　満面の笑みのルークに、亮も小さく笑った。店主の鉢巻おじさんもニヤリと笑った気がする。
「そういえばルークって日本のお金持ってるか？」
「え？」
「無ければ俺が出すけど」
「あっちの金じゃダメだよな、やっぱり……。悪い、出しといてもらえるか」
「ああ、その代わり今度剣術教えて欲しいな」
「おう！　そんなんでいいなら幾らでも教えてやるぜ！」

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