ねこじま麺紀行・猫島軒｜リアクション

ねこじま麺紀行・猫島軒

【３】

　今日の天気は快晴。新緑の季節の日差しを浴びて、草花もどことなく嬉しそうである。
　そんな陽気に誘われて、御巫時子は散歩に繰り出していた。着物姿に日傘といった出で立ちで、参道商店街をしずしずと歩く。
　元気に飛び回る小鳥を眺めていると、彼女の小さな花を豊かな香りがくすぐってきた。
（あら、良い香り……ラーメンでしょうか。そういえば、もうお昼でしたね）
　誘われるがまま、のれんをくぐると中には見知った顔があった。
　楽しそうにラーメンを味わう亮や修の姿に、皆さんもこの香りに誘われたのでしょうか、と思う時子。
　空いている席を探していると、ふと彼女の身体が固まった。
　カウンターでひとりラーメンを待っているのは、寝子校で化学を教えている五十嵐尚輝先生。時子が今、片想いをしている先生である。
　ちょうど隣の席が空いているのは運命の巡り合わせかもしれない。
「尚輝先生、こんにちは……」
「あ、こんにちは。こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「良い香りに誘われて入ってみたんです……」
　恥ずかしそうにいう時子。
「先生はここの常連さんですか……？　私は初めてなんです……」
「常連というわけではないですよ。そろそろ何か食べようかと思ったところでこのお店を見つけたので来てみただけです」
「あの、そろそろというのは……？」
「昨日のお昼から食べてなかったので、そろそろ食事をしたほうがいいかと思ったんです」
「ちゃ、ちゃんと食べないと身体に良くないですよ……？」
「つい忘れてしまって……ほんと困ったものです」
　相変わらずの先生に苦笑いの時子。身体には気をつけてほしいと思うものの、不規則な食生活のおかげでこうして出会えたのだから複雑である。
　時子はメニューに目を向け、注文を考える。
「ここはいろんなラーメンがあるみたいですね……。何にしましょう……？」
　気になるものはいくつかあるが、やはり初めてのお店ではお店のイチオシを頼むのが良き振る舞い。
　他のラーメンに後ろ髪を引かれつつも、猫島ラーメンと杏仁豆腐を注文した。
「先生は何を注文されたんですか……？」
「僕は……あ、来たみたいです。ほら、これです。しらすラーメン」
「しらすラーメン……。あの、しらすがお好きなんですか？」
「好きというか、メニューの中で一番さっぱりしてそうだったので」
（だんだん暑くなってきましたし、今はさっぱりしたものがお好きなのかもしれないですね……）
　今度、先生にお弁当を作る時はこってりしたものは避けようと時子は思った。
　それから、静かにラーメンをすする先生をぼんやり見つめる。
　特に美味しいともまずいとも表情には出さず、たんたんと食べる先生だが、そんな姿も愛おしい。
　無意識に先生を見ていると、時子の頼んだものもやってきた。
　大好きな先生と一緒にとるお昼。今日は散歩に出て本当に良かった。
「……ふぅ。おなかいっぱいです、ごちそうさまでした」
　杏仁豆腐まで食べて、満足の時子。先生と一緒に店を後にする。
「立ち寄ってみて良かったです。とても美味しかったですし、先生にもお会いできましたし」
「御巫さん、これからお散歩の続きですか？」
「はい、先生は学校ですか？」
「はい、科学部の活動があるので。じゃあ、気をつけて。お散歩を楽しんでください」
「ありがとうございます。先生も部活がんばってください……」

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