オニハ　ウチ｜リアクション

オニハ　ウチ

◆
「え！？　か、神嶋くん！？」
「……結城か」

　あちこちと島全体を文字通り飛び回っていた赤鬼＆幽霊コンビな二組が、夕焼け色を映した星ヶ丘寮が見える海辺付近で邂逅する。

「よく見たら角がある！　似合ってるよー」
「おい、もしかしてそっちが連れてる奴って……」

　探し回っている間、『明』を不安にさせないようずっと笑顔を絶やさずにいた日和が、心寄せる人に会えたからかどこか張っていた糸を緩め安堵の表情でふよふよ寄ってくる。
　その表情と連れの存在から大体の事を察した征一郎も、無意識に力んでいた拳がゆるりと開かれた。
　呆然とした後、堰を切ったように涙を流しながら寄り添っては、何事かを囁き合う二人の幽霊『碧』と『明』。
　その様子を、少し距離をとった宙にて征一郎と日和は見守って。

「神嶋くんが連れてきてくれた子が、明くんが探してた子なんだね。見つかってよかった……」

　……でも、ふたりが幽霊になる前にこんな風にできたらよかったのに……、そう切なそうな声が呟かれれば、征一郎は視線を動かし日和を見つめる。
　その視線の意図を察しては、日和はぽつりぽつりと、明から聞いた事を征一郎にも伝えた。
　虐めを受けていた明。
　それを知った碧が、自分が標的になるよう仕向けて明を助けたこと。
　心苦しさを抱えながらも、そのまま虐めから逃げることが出来た明だったけれど……エスカレートした虐めが原因で、碧が命を落としてしまったのだと。
　後を追うようにして、明も交通事故ですぐにこの世を去ったこと……後悔で心を押しつぶしたまま。
　――　……そういうことか。
　『メイは悪くないと言いたい』
　探している最中、何度も碧の口から零されていた言葉の意味を征一郎はようやく理解した。

　半透明な体から、温かな橙色の光を放つ二つの顔が、日和と征一郎へと振り返る。
　その視線は２人が抱えるヴァイオリンケースに注がれている事に同時に気付けば、視線を交わらせた。

「私達に音楽ができるのか、って？　もちろん！
　そっか二人も音楽をやってたんだね……わかった私達から二人の為に音楽を！」
「……仕方ねぇ……最後まで付き合ってやる」
「ふふ、今は空だって飛べちゃうんだもんね！　よし、空中演奏としゃれこもうか！」

　笑顔輝かせた日和と、橙から赤、そして夜空誘う一番星を視界に入れれば、征一郎も渋々ながら協奏に弓を引き始める。
　明と碧が涙の筋を浮かべたまま、リズムに乗ってヴァイオリン持つ二人の傍を舞う。
　日和はそこで、征一郎の微かな変化に気付いた。
　空中での即興とはいえ、決して音楽に対し妥協しないはずの彼の音色、ずっと聴いてきた旋律。そこに必死に隠すように揺らぎがあるのを。
　日和から詳細を聞いて多少なりの情は受けたとはいえ、霊の前ではどうしても震えてしまう己の指先に、征一郎は苦しそうな色を瞳に浮かべていた。
　ふと、霊二人の周囲を一緒に踊っていた彼女の、夕焼けと同じ色をした温かな旋律が自分を包み込むように奏でられ始めたのを、征一郎は感じ取る。
　睨むように弦を見つめていた視線が、日和へと向かえば、

「大丈夫。私がついてるよ」
「……随分言うようになったじゃねぇか」

　誰にも心は見せないと思っていた。
　誰にも本音は覗かせないと思っていた。
　ヴァイオリンさえあればいい、そう自らへ呪いの如く誓っていたはずだった。
　それが今、彼女の言葉で、旋律で、強張りが解けたのを確かに自覚する。してしまう。
　征一郎は深海色の両目を閉じた。今この場に在る全てに、自身の音楽をのせるように。
　二つの旋律が波音となってうねって混じり、そして戯れるように時に弾ける。
　弾けた音たちはまるでアネモネの花びらのように舞っては、次第に透明度を増していく二つの身体へ降り注ぐ。
　花びらの魅せた幻だろうか。
　穏やかに視界を閉じ演奏する征一郎と日和、その纏う衣が薄桃色の、蒼紫の、漢服の形を成しては旋律と共に舞い揺れる。
　無事天へ昇れるようにと祈りが込められた幻想的な旋律に、涙に濡れた頬二つが幸せそうに笑い合い……澄んだ空気となって解けていった。

このページにイラストを設定する