【星幽塔】第一階層　合言葉は『神様の宴会』｜リアクション

【星幽塔】第一階層　合言葉は『神様の宴会』

● 咆哮

　荒々しい剣戟の音は、店の中にも届いていた。
「ん～、なんか外で物々しい気配を感じる……気がする。アレか、今日の依頼をまだ引っ張ってて昂ってるのかな」
　肉に夢中になっていた刀が顔を上げて首をかしげる。が、それは気のせいではなかった。
　厨房の奥にいたプリムローズは、ケープの中に包丁を隠し持ち、コルに向かって目顏で頷く。
「――さて、そろそろか」
　コルはのっそりとカウンターから出る。
　来たいなら来るがいい。
　こちらの作戦は「偽アジト」を装うというもの。
　向こうは「”おそらく”ここが十二支団のアジト」という情報で動いているはず。その”おそらく”に隙がある。「”残念だけど”ここはアジトじゃなかった」、そう、敵に思わせるのだ。
　もしここに至る途中で必死に迎撃してしまえば、敵は却ってこの酒場こそが本物のアジトであるという確信を深めてしまうだろう、とティクスが言っていた。だからコルはここが本物に見えないように敢えて、途中での迎撃を控えたのだ。ここを襲うやつらが「バールにデマを掴まされた」と思うように。
「だが、それも店の前まで、だ」
　店の中に入れるわけにはいかない。絶対にだ。
　コルがゆっくりと店の扉を開けてその前に立った途端、腕の中にイナホが飛び込んできた。
「助けてください……！　バールに雇われたっていう傭兵たちがあの人を……！」
　イナホの目線の先には、短剣ひとつで必死に立ち回るティオレの姿がある。
　傭兵たちは、ティオレを十二支団の一員だと勘違いしているようだった。十二支らしい要素などひとつもないティオレを団員だと勘違いするくらい、団員の詳しい情報は持っていないらしい。
「十二支団、出てこい！　仲間がやられてもいいのか！」
　コルはこの展開に少々面食らった。
　ピアスの女は仲間ではない。彼女が何故戦っているのかもわからない。だが、見捨てるのは忍びない。
　コルはイナホを店の中に押しやると、扉の前で仁王立ちになった。
　腹の底から咆哮をあげる。

「グルゥゥオオォォォ！！！　何しに来た！　ここは俺の縄張りだ！」

　雄雄しい虎の咆哮があたり一帯に響き渡る。
　衝撃波を受けたかのように、荒くれ者たちは引き攣った顔で後ずさる。
　この咆哮は、敵への威嚇と、プリムローズへの合図を兼ねていた。
「みなさーん、プリムはここの従業員さんなのですよ！　頭を床に伏せて！」
　店内でプリムローズが避難行動を促す。ペコラも戻ってきてイナホに付き添っている。
「何か手伝えることはあるか」
　刀の手は、すでに自分の装備に伸びていた。
（この人なら絶対対価を要求せずに助けてくれる！）
　そう確信したペコラはすかさず、目に涙を溜めてみせた。
「悪いやつらが来たよぅ～助けて～」

「任せろ！」
　もとより、荒事を見て見ぬふりはできぬ性分である。
　刀は、日本刀を引っ掴むと、店を飛び出した。
　そこでは、背を丸めたコルが、荒くれ者たちを睥睨していた。
「バールに騙された哀れな傭兵共。あの小悪党にここがアジトだとでも聞かされて来たか。違うと証明してやりたいところだが縄張りを荒らされるのを俺は許さない！　命が惜しくばここから去れ！！」
「虎野郎がごちゃごちゃうるせぇ！　やっちまえ！」
　コルの最終忠告に耳を貸さず、まだ二桁はいる荒くれ者たちが躍りかかってくる。
　コルはもう一度咆哮した。

◇

「む……？」
　コルの轟くような咆哮を聞きつけた者がいた。
　冒険者の宿「赤竜亭」の主で、豪快で知られる紅き竜人シグマ・F・FGである。
　シグマは鱗に覆われた長い首を伸ばし、顔の前方についた蜥蜴に似た鼻をひくつかせた。
「何か、騒がしいな」
　それに男臭い怒号や剣戟も聞こえる。
　火事と喧嘩はサジタリオ城下町の華――なんて言葉があるか知らないが、喧嘩の気配に血が滾ってきたシグマは翼を広げ、騒ぎの匂いを追うように石畳の道を軽快に蹴った。