一夜限りの夢｜リアクション

一夜限りの夢

●沈没船のひととき

　薄羽白露はBAR【Holländer】の入り口前に立っている。

「観光イベントで一度この船に乗ったけれど、抽選で当たったサービスは結局もらわなかったからね」

　以前白露が来たときは結構賑わっていたので、そのときは何も言わずに帰ってしまった。

「会員ではないけれどお邪魔できそうかな……？」

　どうやら今日は会員以外も入店できるらしい。なにか催しをやっているのだろうか。そう思いながら入り口のドアを開けた。
　なかに入った白露を出迎えたのは海のような世界だった。

「幽霊船というよりは、今はさながら沈没船のようでなんだか楽しいね」

　この不思議な空間の雰囲気を嬉しそうに受け入れる白露。水中にいるような重力を感じながらマスター・藤堂静のところまで移動する。

「こちらのカードを見せればいいんだったよね」

　それは数字の７が書かれたカード。静はそれを見てすぐに『ぐらぐら』で使用したカードだとわかる。７だとぐらぐらメニューとイメージカクテルを除く好きな飲み物を1杯サービスとなっている。静はそれを白露に説明した。

「あまりお酒に詳しくなくてね、美味しいから嫌いじゃないけれど。お酒は……今回は甘めのもので何か頂こうかな」

　静はそのオーダーを受けてアプリコット・ブランデー、レモンジュース、砂糖をシェイカーに入れて振る。それをグラスに注ぎ、氷とソーダを入れて満たす。軽く混ぜれば『アプリコットフィズ』の完成だ。それを白露の前に差し出す。
　白露は甘い香りとさっぱりとした口当たりを楽しみながら店内を見渡す。

「ところで、この船の様子はいったい何なんだろうね」

　水で満たされた店内。しかし息は出来るし、なにか問題があるわけでもない。

「イベントのときに聞いた、チョコレート好きの妖精とは違う妖精でも来ているのかな？」

　席を立って他の客に話をきいてみたり、店のなかをそれとなく探索したり。

（それに妖精がいるなら、可愛い同居人のお嬢さんが好きそうな話でもあるし、数年後……成人した後に一緒に来るのも悪くなさそうだ）

　そんなことを思いながらふたたび席につく。残念ながら妖精は見当たらなかった。
　しかしこの店は居心地もよさそうだと感じた白露は、会員になろうか考えることにした。